借金は未来への投資-「貸す・借りる」

藤本 麻里子

日本人の大多数は借金をとても敬遠し、人によっては忌み嫌います。実際に私も、借金はできるだけしたくないし、しないように生活することが重要だと日々考えています。とはいえ、車や住宅の購入といった大きな買い物をするときには、ローンを組むという形で多くの日本人も借金をします。それでも、日本社会では多くの人にとって借金というのはマイナスのイメージがあり、極力しないでおきたいものだという共通認識があるのが現実です。

ところが、タンザニアをはじめアフリカの多くの国・地域では借金はごくごく日常的な行為で、誰しも借金をしながら生活していると言っても過言ではありません。子供の学費のために、家族の病気治療のために、家を建てるために、商売の回転資金のために、夕食の食材を買うために、と理由や規模は様々ですが、人々は頻繁に隣人や親類、友人から借金をします。教師や公務員など勤め人で、月給制で仕事をしている人達も、仕事先から給料の前借りという形で借金をすることはごくごく普通のことです。私が調査しているタンザニアのインド洋島嶼地域ザンジバルの漁村でも、人々は日々様々な形で借金をしながら生活をしています。漁村では、まとまった現金収入や蓄えのある村人は少なく、皆常に入ってきた少額の現金がすぐにその日の夕飯のおかず代に、料理用油や朝食のチャイのための砂糖代にと消えていくような生活でした。

そんな村の借金事情を大きく変えたのが、マイクロファイナンス(Micro Finance:以下MF) の普及です。タンザニアではSACCOs (Saving and Credit Cooperatives) やVICOBA (Village Community Bank) といったMF組織が急速に拡大しています。VICOBAはバングラデシュで成功し、ノーベル平和賞を受賞したグラミン銀行をモデルとしたMF事業です。ザンジバルでは女性のエンパワーメントを主眼に置いたMF組織の普及が推進されたこともあり、VICOBA発足時のメンバーは全て女性でしたが、現在は男性加入者も増え、男女問わずVICOBAに加入する人が増えています。

メンバーは毎週決まった曜日の決まった時間に会合を開き、一定額の現金を持ち寄って貯蓄します。集まった現金は3つの南京錠がついた箱に収められ、3つの鍵と箱は別々の人が管理します。これらを管理する4人の合意なくして現金を引き出せないので、使い込みや持ち逃げのリスクを回避できる仕組みです。会合への遅刻や欠席には罰金が科せられ、徴収した罰金は組織の資金となります。人々はまとまった現金が必要になると、VICOBAに借金を申し込み、商売の回転資金や子の学費、病気の治療費、結婚資金といった、様々な場面でこれらの融資を利用できるようになりました。

写真1 VICOBAの会合で現金を集める様子

写真2 南京錠が3つ取り付けられるBICOVAの現金保管箱

私が調査しているザンジバルの漁村ではスワヒリ語でダガー(dagaa)と呼ばれるカタクチイワシの漁業、加工産業が盛んです。ある人は漁船からダガーを購入して加工する仲買加工業者(以下、仲買人)として、ある人は漁船から仲買人の加工場までバケツでダガーを運搬する作業で、ある人は仲買人の加工場で塩茹でや天日干しなどの加工作業に従事する労働者として、またある人は乾燥ダガーが出荷される際の梱包作業の従事者として、様々な現金収入の機会を得ています。ダガー漁は1ヶ月のうち満月前後の8~10日間を除く20日前後の期間、一年を通じて行われます。満月前後を除くのは、ダガー漁が集魚灯を用いて夜間に行われるためで、月が明るいと集魚灯の集魚効果が低下するためです。

写真3 バケツでダガーを水揚げする様子

写真4 天日干しのためにシート上にダガー広げている様子

ダガー加工による現金収入は、ダガーの運搬の場合はバケツ1杯の運搬の単価×その日運搬したバケツ数で、作業完了後に毎日支払われます。塩茹で作業と天日干し作業については、作業したダガーの量(バケツ数)×作業単価で計算され、1ヶ月の漁期が終わった後に仲買人からまとめて支払われます。梱包作業については、出荷作業が漁期の終盤にまとめて行われるので、だいたい漁期の終盤に作業が発生した分だけその場で支払われます。このように、漁村では日々少額の現金が地域住民間で移動しており、現金のやりとりが活発です。少額の現金収入が頻回に得られる漁村の特性はVICOBAと相性が良く、人々はダガー産業から得た収入を毎週の会合でVICOBAの会合に持って行くことで、これまで困難だった貯蓄が可能になったと言います。そして様々な理由でまとまった現金が必要になった時には、VICOBAからお金を借りることができるようにもなりました。VICOBAは通常1年で満期となり、積立金と、罰金や利子など様々な形で得た利益がメンバーに払い戻されます。ザンジバルではこの満期はイスラム教のラマダン明けの祭日の月に設定されており、人々は満期で払い戻されたお金で新しい洋服を仕立てたり、ご馳走を準備したりしてラマダン明けのお祭りを盛大に祝います。

写真5 出荷のためにダガーを梱包する様子

私のインフォーマントのM氏はダガーの仲買加工業を営んでいますが、漁期の間は毎日漁船からダガーを仕入れる必要があります。漁船は漁船で、日々のダガーの売上からその日の夕方出漁するための燃油代を調達しなければならないので、即金での支払いしか認められません。日々まとまった現金が必要になるM氏は、ダガーの仕入れ資金が足りないときはVICOBAからお金を借りて事業を運営しています。漁期の終わりに、加工した乾燥ダガーを販売してまとまったお金が入ると借金を返済するという形でVICOBAを利用しています。ダガーの運搬や塩茹で、天日干し作業などで現金収入を得ている人々は、それらをVICOBAに貯蓄しつつ、小さなビジネスに投資してさらに収入を増やす努力をしています。M氏の奥さんは、午前中にダガーの塩茹で作業でひと仕事した後、午後は自宅で販売用のフルーツジュースを作って冷蔵庫に保存して随時販売し、夕方はパンを焼いて販売しています。もちろんその合間に家族の食事の支度をしたり、水汲みや薪拾いに行ったりもします。一体いつ休憩しているのかと、一緒に生活していてもその働きぶりには感心するばかりです。

 

写真6 販売用のパンを焼く女性

村の女性の多くがジュースやパンやドーナツ販売などの小規模ビジネスを行っており、それらの材料を購入するための元手が足りない場合はVICOBAからお金を借ります。ダガーの運搬で稼いだ現金で材料を買ってジュースを作り、今度はそのジュースを雇用主である仲買人に売ったりするので、調査村にいると「金は天下の回りもの」を実感します。もともと借金には否定的だった私ですが、ザンジバルの漁村で運営されるVICOBAの様子や人々の利用状況を身近に見ているうちに、よりよい明日のために借金をして仕事に励む彼らの生活様式を素敵だなと思うようになりました。何より自分で自分の生活や未来を切り開いているという感じが彼らの生活からは伝わってくるのです。元手がなければ何もせず、じっと時間を潰して生きることだってできます。でも、人々はじっとしているより借金をしてビジネスを運営し、社会に必要とされている仕事をするほうがずっといいと異口同音に話します。日本人の多くが、漠然とした将来の不安のために貯蓄と節約に勤しみながら、借金を敬遠してサラリーマンとして働くのに対し、ザンジバルの漁村の人々はVICOBAを利用しながら未来に積極的に投資して事業を運営して生きています。ザンジバルの漁村の人々の生き方を知るにつれ、借金は決してネガティブな面ばかりではないのだと、借金への私のイメージも少し変わり、彼らの生き方を羨ましくも思うのでした。