たかがダガーされどダガー(タンザニア)

藤本 麻里子

私が調査で訪れる地域は、タンザニア西部キゴマ州のタンガ二イカ湖のほとり。漁の盛んな地域。ホームステイさせてもらう家の主人はタンガ二イカ湖で漁をしている漁師さん。だからフィールドワーク中は食べ物に困ることは、ほとんどない。毎日おいしい魚が食べ放題。タンガ二イカ湖の最も重要な漁獲は、ダガーと呼ばれるニシンの仲間の小魚。水揚げされたダガーは湖畔の浜辺で天日干しされ、タンザニア国内に幅広く流通している。私が調査地の村に到着するまでには、タンザニア第一の都市、ダルエス・サラームで調査許可や在留許可を取得するなど様々な手続きが必要になる。そんなお役所回りでダルエス・サラームの都市部に滞在中、私がキゴマ州に行くと知ると誰もが異口同音に

「帰りにダガーを買ってきて!」
「キゴマのダガーは最高だろ!お土産に頼む!」
「この住所にダガーを麻袋1つ分でいいから送ってくれないか?」

などなど、ダルエス・サラーム在住の人々が私にタンガ二イカ湖のダガーを買って来いと注文する。タンザニアのもう一つの巨大湖、ビクトリア湖でも同じくダガーと呼ばれる小魚が獲れるが、ビクトリア湖のダガーはコイ科でタンガ二イカ湖のダガーほどの人気はない。そんな体験をするまでは、タンガ二イカ湖のダガーがこんなにも人々にとって貴重なものだとは知らなかった。見た目は日本の煮干そっくりの小魚で、キゴマ州の湖畔の村に居れば、珍しくもなんともない、毎日食卓にあがって当然のメニューなのだ。

漁の道具を運ぶ男たち

ホームステイ先の主人は、毎晩プレッシャーランプとボートのエンジンを担いで夜の漁に出かけていく。ダガー漁は闇夜の漁火で行なわれるため、男たちは皆が寝静まる頃に漁に出かけ、朝方に帰ってくる。そのため、男たちは朝日と共に床に入り、天日干ししたダガーを浜辺で回収するのは女性たちの仕事だ。熊手そっくりの道具で浜辺のダガーをかき集め、家で消費する分を除いて市場や遠くキゴマの街へ出荷される。それらのダガーがやがてタンザニアの各地に流通するわけだ。

浜辺で天日干ししたダガーを集める女たち

家の前で出荷前のダガーを仕分ける

ダガー漁が盛んな村を離れ、内陸の集落に行ってみると、食事情は一変した。山間部の畑でトウモロコシを栽培している内陸部では、主食に困ることはないがおかずが手に入らない。湖は遠いし、一番近い湖畔の集落は漁があまり盛んではなく、古い漁具での漁が行なわれている。そのため、手に入るダガーは漁の盛んな村のものとは違って小さく、また形がボロボロに崩れていたり、砂を噛んでいたりと、とても食べられた代物ではない。キャッサバの葉だけがおかずの晩御飯が日常となる。同じキゴマ州でも、ところ変わればダガーの質も価値も大きく変わってしまう。

天日干し前の新鮮なダガーの素揚げや、キゴマ州のもうひとつの特産、マウェッセと呼ばれるヤシ油でダガーとプランテンバナナを煮込んだものなどは、まさにご当地ならではのグルメ。少し離れればそれは羨望の対象となるご馳走。そんなことも知らず、「肉が食べたいな〜」とか「ダガーばっかりじゃなく、サンガーラ(英名でナイルパーチと呼ばれる大きな淡水魚)もたまには食べたいな」なんて呟いた私の言葉に、お客に喜んでもらわないと・・・と責任を感じたのか、翌日主人は早速サンガーラを釣ってきてくれた。でも、食べてみたらダガーのほうがずっと美味しかった。大きくて艶やかで、食べ応えがあり、天日干しすれば長期保存も可能な万能の小魚、ダガーの恵みは、そこから離れて初めてわかるものでした。

サンガーラを誇らしげに見せるホームステイ先の家族

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日本とアフリカに暮らす人びとが、それぞれの生き方や社会のあり方を見直すきっかけをつくるNPO法人「アフリック・アフリカ」です。