静まり返った草原 揺れる火
老人が悠久の時を重ねてきた伝説を語ってくれる
漆黒の闇 空と大地との境界を見失う
雲に隠れていた満月が顔を出す
漆黒の闇が月明かりに侵食されていく
こんなアフリカの夜もきっと楽しいだろうが、都会育ちの私にはもっとドタバタした俗な感じの「アフリカの夜」が向いているようで・・・。
“Yoshiyuki twende wapi usiku?”「よしゆき、今晩はどこにいこうか」
“Kuna nini leo usiku? ”『何があんねん?』とぼけてやる。
“Unajua tuuuu…”「わかってるくせに〜」
調査のために暮らすキリマンジャロ山間の村から街にでてきた私に「夜の調査」へのお誘いだ。誘ってきたのは、居候先の息子。彼と知り合ったのは彼が中学生だったときで、もう7年の付き合いだ。お互い相手を「悪友」だと思っている。高校に進学するための試験に失敗した彼は親父のすねを今のところかじっている。最近の趣味は日本語学習。“Nitaoa na kasichana kazuri wa kijapani!!”「日本人のかわいこちゃん(死語)と結婚するぞ!!」彼の口癖だ。
日本ほど多様ではないが、タンザニアにも夜にお酒を飲みにいく場所がいくつかある。ビールと焼肉を楽しむなら“バー”へ。柔らかく臭みのないヤギ肉は、ビールの肴には最高だ。バナナから造られるローカル・ビールをいただくなら“キラブ”へ。しかし、村のきれいな水ではなく都市の「汚い」水で作られたその酒を飲むには相当の覚悟が必要だ。大人たちは、生バンドの演奏で踊ることもできるバーに集まる。そこでは一昔前の音楽が流れている。時にはみんなで輪になって一緒に踊る。若者はディスコへ。タンザニアの若手シンガーたちが歌うボンゴ・フレーバーを中心に、アメリカやU.K.のヒットチャートやレゲエが流されている。時には激しいリズムで客たちは汗をかきながら踊る。
幾らかのお金をポケットに忍ばせ、靴を履くだけの準備を済ませ、悪友を待つが、なかなか部屋から出てこない。鏡の前で思案顔。「このズボンとあっちのズボンどっちがいいかな?」、『そんなん、しるか!』。「ヨシユキ、パヒュームを持っているか?」、『そんなもの持っているわけないやんけ!』。さんざ付き合わされる。“Wee, acha tu. Kutakucha sasa hivi!!”『いい加減にせえよ。夜が明けるで』。“Tulia mzeeeeee, nipanbe tu.”「落ち着けよー。おしゃれしなきゃ」。“Leo lazima nilambe…..kitu”。直訳すると「今日は、なめないといけない」。意訳すると「今日はきめるぞ!女の子と!!」。悲壮感さえ漂う。
わが街でのお奨めはヤギ肉。日本ではこんなうまいものは食べることはできない。柔らかく、そして甘い。もう一つ「モトゥラ」という名のソーセージ。私のいきつけの店の名物料理だ。造り方は秘伝で、一度厨房をのぞいたらひどく怒られた。腹ごしらえを済ました私たちはディスコの入り口で入場料を払い、ごつい「バウンサー(用心棒)」による身体チェックをうける。安全の確認と服装のチェック。ぼろぼろの服やサンダルでは追い返される。私はどうやらぎりぎりセーフのようだ。バー・カウンターでビールを注文し、足を奥に進めるとダンス・フロアにたどり着く。ここのフロアは野外にあるので、向かいにある何とかの歩き方という本にものっている安ホテルのお客たちは寝ることができるのだろうかと心配になる。このダンス・フロア、男たちの戦場といっても過言ではない。日本でも同じかも知れないが「きめてやる!!」と思っているのは私の悪友だけではないからだ。この戦で「討ち死に」していく男たちを肴に酒を飲むのもなかなか悪くない。女性へのアプローチの方法はおそらく万国共通(のようだ)。声をかける。酒をおごるなど。このディスコでもっともポピュラーなのが女性の前で「踊る」という戦略。選択権は女性に握られている。
悪友が女性に近づく。踊りながら距離を縮める。他の戦士が割り込む。激しい踊りでかの彼女に近づく。悪友は領土を取り戻すために違う角度から城を攻める。女性が反対を向き、連れの女性と踊り始める。一時撤退。“Vipi?”『どう?』。“Bado tu!!”「まだまだ」。まだあきらめていないようだ。再度、女性に近づく。接近を試みる。距離は縮まらない。数人の戦士との闘い・・・。
“Yoshiyuki, kazi yangu ni kukupeleka nyumbani na usalama. Sitaki urudi nyumbani peke yako”「よしゆき。俺の仕事はお前を無事に家へつれて帰ること。一人で帰すなんてできないよ」。帰りのタクシー、彼が私にそう語りかけた。どうしても彼の悪友として言わせて欲しい。彼は私を心配しているのであって、けっして負け惜しみを言っているのではない。
こんなアフリカの夜もある。
☆ボンゴ・フレーバー:90年代ごろから流行、定番化した一つの音楽ジャンル。ヒップ・ホップ、ラップ、R&Bなどが融合した曲をタンザニア人若手歌手がスワヒリ語で唄う。