職業訓練所で学ぶ少女たち:マリ・ポールの場合

 

 

昨年12月に試験に受かった見習い生たちは、NGOを旅立っていきましたが、今日はその内の一人、マリ・ポールを紹介します。マリ・ポールはほっそりして物静かなので、にぎやかな見習い生たちの中で目立つ存在ではありませんが、真面目でしっかりしているので、職員をはじめ、みんなにとって信頼できる存在です。彼女は、NGOのあるアラダ市の隣町の地区長からの紹介でミドフィの仲間になりました。

彼女は生後3ヶ月の時、ラジオやテレビの修理工をしていた父親を亡くしています。彼女の母親は、父親の親族から慣習に従い父親の兄弟と結婚するように言われました。けれど母親が断ったので、父親の家族の援助は受けられなくなりました。母親は石鹸を売りながらアラダの隣町で暮らしていましたが、2015年に8ヶ月の病の後に亡くなりました。マリ・ポールは、当時中学二年生でしたが学校を辞めて、母親がしていたように石鹸を売っていましたが、売れ行きが悪くなり家賃が払えなくなりました。そのため、住み込みで知り合いの女性の手伝いをすることになり、首都ポルトノヴォに行き、学校でヨーグルトを売っていました。マリ・ポールは約1年間そこで働きましたが、学校の休暇の時期になると人手が要らなくなるので、家に戻るように言われました。彼女は家に帰りましたが、家賃を払えないため野宿生活となってしまいました。2ヶ月ほどそのような生活をしていたところ、母親の友達だった女性が心配して声をかけてくれました。最初はその人が面倒を見てくれるという話だったのですが、その人の夫が反対したため叶いませんでした。結局、マリ・ポールは町長の元に連れていかれました。そして町長が私たちのNGOのことを知っていたために連絡があったのです。マリ・ポールは、人の家でこまごまとしたものを売る生活で大変苦労してきましたので、手に職をつけたいと強く希望していました。そこで、私たちのNGOに住み込みで仕立ての見習い生活をすることになったのです。

マリ・ポールはとても真面目で、性格もいい加減なところがないので、仕立ての技術も順調に身につきました。身体が少し弱く、時々病気になって働けなくなることがあったのは、スタッフの心配の種でしたが、無事見習い期間を終え、昨年、試験に受かりました。彼女は、将来はNGOがあるアラダで自分の仕立屋を持ちたいと言っています。支度金を貯めるために、今彼女は違う町の工場で働いています。できれば、男性用の服も作れるようにどこかで見習いをしてから仕立屋を開きたいけれど、見習いが難しそうであれば、まず女性用の仕立屋を開きながら、男性用の仕立てのスキルも身につけたいそうです。

はっきりとしたヴィジョンを持って物事に取り組む彼女が、自分の仕立屋を持てる日が来ることを、NGOメンバーも楽しみにしています。

 

仕立ての見習いに励むマリ・ポール