橋のない国境 (ザンビア)

村尾るみこ

国境と聞いて、思い浮かべるものは何でしょうか。日本は島国だから、海や島を思い浮かべる人も多いかもしれません。それにひきかえ、ザンビアはアフリカ南部にある内陸国で、隣り合う8つの国とは陸つながり。特に南に接しているナミビア、ボツワナ、ジンバブエとは、大河ザンベジ川で隔てられています。ナミビア、ジンバブエとの国境には橋がかかっているのですが、ボツワナとの間は橋がありません。人は丸木をくりぬいて作った手漕ぎボートでも行き来できますが、問題は車です。ボツワナとザンビアのそれぞれの国境近くには、チョベ国立公園やオカバンゴ、ビクトリア滝など観光の名所となっている場所もあり、4WDの車やバスが行き来します。また近隣の国から国へと物資を運ぶトラックも多く行きかうのです。そこで人びとが利用するのは、エンジンつきフェリーです。これは3,4台の車を運べる屋根のない船で、ポントゥーンとも呼ばれます。

ポントゥーン

 

私も何度かこのポントゥーンを利用したことがあります。初めて利用したのはボツワナにいる知人を訪ねるときでした。陸路での国境超えは初めてだったので、何かトラブルでもあるのではないかと緊張していました。朝6時、開いたばかりのイミグレーションオフィスを通過し、対岸のボツワナ側で客を乗せているポントゥーンをまっていました。オフィスから乗り場までは駐車場スペースとポントゥーンの発着する場所が確保されており、すでに15人ほどの客がいました。雨季に入ったばかりで、発着場のまわりには旺盛に生育する雑草が青々と茂り、水辺には葦が群生して、うす曇の空と青いザンベジ川の色に彩を添えていました。

ポントゥーンを待っている客のなかには、キャベツやトマトを籠にいれた女性や、ござをもっている女性がいました。女性は8人くらいのグループで、どしっと座り込み、にぎやかにおしゃべりを続けています。一緒にイミグレーションで手続きをしていた人に聞いたところ、野菜売りの女性はこのあたりに住んでいる農民で、ボツワナ側で野菜を売ったあと、またすぐにザンビア側にもどってくることがわかりました。そこから少し離れたところに、スーツ姿の男性がスーツケースをかかえ、少し所在がない様子で動き回っていました。この男性はボツワナの役所づとめの男性で、何日かおきにザンビアとの間をいったりきたりしているのだそう。駐車場には、サファリカーに乗った現地のガイド風の男性と欧米からの観光客らしき人たちもいました。彼らは朝早い河辺の涼しい空気のなか、タンクトップに短パンというスタイルで腕をくみながら対岸を見つめていました。私は綿の長袖シャツのボタンがかかっているか確認しながら、まだ低い位置にある太陽を確認し、今日も暑くなることを覚悟しました。そのまま座り込んでおしゃべりしている物売りの女性陣に目をやると、そのなかの一人と目が合いました。私とその女性陣との間には、10mほどの距離しかありません。私が慣れないトンガ語で「ムリ ブティ?(お元気ですか?)」と挨拶すると、目があった女性から明るく親しみやすい笑顔とともに返事がかえってきました。女性陣は一斉に得体の知れない私に目を向け、まあ、トンガ語で挨拶したわよと言わんばかりに目をあわせ、手を振ってくれました。私も手を振り返すと、それまでの緊張も解け、幾分か心が明るくなった気がしました。

しばらくすると、小型のエンジンボートがうなり声をあげて岸辺にやってきて、20mほど先の場所で静止しました。とたんにサファリカーが動いて、エンジンボートの前で客を降ろしました。客はボートにのりこみ、再びうなり声をあげるボートと共に、あっという間に対岸のどこかへ消えていってしまいました。「彼らはカサネ(ボツワナ北端の街)にある河辺のロッジにボートで送ってもらってるのさ。帰りは車でかえってくるんだ」スーツ姿の男性が私に英語で話してくれました。

そうこうしている間に、対岸のポントゥーンが動き始め、座っていた女性たちも、やっとのこと腰を上げて野菜の状態をチェックし始めました。ポントゥーンは岸に着き、イカダのような渡しが川砂のたまった岸辺と船の間に下ろされます。人がどっとおりてきて、次に車が一台ずつ川砂の上にすべり出しました。車は南アフリカナンバーのランドクルーザー一台と、大型のトレーラーが一台。もうそれでポントゥーンは空っぽです。乗船代を集めていたコンダクターが、「乗っていいぞ」といわんばかりに手で合図すると、じりじりとにじり寄っていた野菜売りの女性たちの集団が我先にと乗り込みます。私も何か負けてはいけない気がしてリュックをかつぎ、あわてて乗り込みました。

ポントゥーンが車3台と乗客20人足らずを乗せて動き出したのは、朝8時を過ぎていました。車は軽トラが3台で、一台はポリタンクが満載、一台はトウモロコシの粉、もう一台は乾燥した魚のサックでいっぱいです。ポントゥーンは動き出すと、みていたときよりずいぶん早く進んでいるように感じました。私は川の上流のほうに立って風に吹かれながら、船のコンダクターが指し示してくれたザンビア/ボツワナ/ナミビア/ジンバブエの国境が集まる場所をみつめ、ようやくこれから自分が知らないアフリカへ行くのだと感じました。その後船は10分もかからず、ボツワナ側に着きました。

ボツワナは地下資源があるため、経済水準がザンビアよりずっと高く、物価も高い。平均賃金はザンビアの4倍はあります。これらのことが、ザンビア側からボツワナへ物売りや出稼ぎにいく人の動きを促す背景ともなっています。私はその後もボツワナとザンビアの間を何度か行き来しましたが、野菜やござのほかにも、実に多くのものがこのポントゥーンをつかってザンビアからボツワナへ、またボツワナからザンビアへと運ばれているのを目にしました。そのたびに、ジンバブエの経済状況が不安定になって以降、このポントゥーンがますますフル回転となっていると、あるとき誰かが話していたのを思い出します。

ザンビア国境

 

ザンビアとボツワナ間の国境は、橋のない国境です。それも行きかう人びとが、混雑時には数日間も足止めをくらう国境です。またポントゥーンがひとたび壊れてしまえば、数週間待つことになります。でもだからこそ、様ざまな人があつまって、他の国との国境よりも一層にぎやかな国境となっているのかもしれません。

ABOUTこの記事をかいた人

日本とアフリカに暮らす人びとが、それぞれの生き方や社会のあり方を見直すきっかけをつくるNPO法人「アフリック・アフリカ」です。