祝いの季節(ザンビア)

成澤 徳子

ザンビア南部に暮らすトンガの人びとにとって、乾季は祝いの季節である。終日畑仕事に追われる雨季が明け、どの家の穀倉も主食のトウモロコシでいっぱいとなる6月、村びとの間ではたくさんの行事の予定で話題が持ち切りとなる。カネ(トウモロコシ)と余暇を手にした彼らには、再び雨季を迎える10月までに、各々、また家族や親族の間で、したいこと/しなければならないことが山ほどあるのだ。なかでも村々で盛大に催される成女儀礼は、トンガの農村のこの時季を彩る風物詩である。

ンコロラと呼ばれる成女儀礼は、少女が社会的に女性となるための、トンガにとって重要な伝統儀礼の一つである。初潮を迎えた少女は3ヶ月間、家の一室に匿われ、性に関する知識や夫に対する振る舞い方、夫方親族の敬い方など、結婚生活に関する様ざまな指南を年輩女性から受ける。その最終日に少女は家から出され、前日から集った大勢の人びとによって祝福される。200人以上もの人が村の内外から集まり、2日間、昼夜を問わず歌い踊り明かす。そのための準備は大変で、集った人びとへ振る舞う料理や飲み物の調理、会場づくりなどは、隣近所が総出で手伝う。村をあげての一大セレモニーである。

ンコロラ中の少女(写真左)は、トイレや水浴びのために外へ出るときも、人に姿を見せてはならない。

ンコロラ明けに、大勢の人びとから祝儀と踊りで祝福される少女(写真中央)。

近年では、学校教育の普及により、ンコロラで少女が家に籠る期間は昔と比べてずいぶん短くなったという。さらに、ンコロラの開催数自体も目に見えて減ってきている。それはンコロラの開催を毎年楽しみにしている村びとにも、またそれを同じく楽しみに村へ出向く私にとっても、寂しいことである。

ンコロラの減少には、例えば、近年のトウモロコシ生産の悪化による、村びとの厳しい懐事情が関係しているかもしれない。大規模な祝宴の開催において、主催者の経済的負担はとても大きなものである。また、学校教育の普及による女性の結婚年齢の高齢化も関係しているだろう。高い教育を受けた母親のなかには、まだ教育を受け終えていない娘に性の知識を教えることなどできないという意見も聞かれる。同時に、女学生の妊娠の増加も関係しているだろう。なぜなら普通、ンコロラを行うことができるのは妊娠前の少女に限られる。つまりンコロラの減少は、トンガ女性の「正しい」ライフコースの崩れの結果でもあるといえそうだ。

私の友人のなかにも、ンコロラを通過せずに妻となり母となった少女がいる。彼女の父親は彼女が幼少の頃に病死した。以来、母親は再婚と離婚を繰り返しており、あげく彼女は母方の祖母のもとに引き取られた。だが、祖母は高齢で孫の教育費に手が回らない。そこで彼女は村に赴任した女性教師のもとに身を寄せ、家事手伝いをして学校に通わせてもらっていた。利発で陽気な彼女の成績はとても優秀で、周りからその将来を期待されていた。

彼女がボーイフレンドの子供を身籠ったのは、ちょうど、高校進学にかかわる大事な試験の結果を待っていたときだった。合格の知らせを聞いた日は、まだ妊娠の事実を知らずに試験の結果を祝福する周囲に隠れて、独り泣き明かしたそうだ。だが彼女は進学を諦めきれなかった。早く学校を終えて仕事を見つけ、母や兄妹を助けたいと思っていたからだ。そのため、結婚はせずに赤ん坊を産んで祖母に預け、元通り高校へ進むことを強く希望していた。

村では結婚式の開催も乾季のみ。開催できるのは 経済的に余裕がある家の「正しい」順序を通過したカップルに限られる

しかし結局、嫁を望む相手の親の思惑や祖母の経済的事情から、嫁ぐことに心を決めざるを得なかった彼女は、ある日迎えにやってきた相手の母に遠くの村へと連れられていった。人びとは彼女の嫁ぎ先での幸せを想い、小さくなりゆく彼女の背中をただ黙って見送った。

しばらくして、大きなお腹を抱えた彼女がお産のために戻ってきた。すでに優しい母の眼をしてお腹を見遣り、「自分と同じ後悔はさせたくないから、できれば男の子が欲しい」と私に漏らした。

そんな彼女が、祝いの季節の真っ只なかに元気な赤ん坊を産んだ。生まれたのは女の子だった。知らせを受け急いでかけつけると、無事の出産を祝い見舞う人びとが集うなか、薄暗い戸口の向こうで母娘は寄り添い、穏やかな寝息をたてていた。

数日安静にした後、彼女は年輩女性から教わったことや英語の育児本から得た情報を上手に使い分け、子育てを日々楽しんでいる。望まない妊娠の末、女児を産んだ彼女の胸の内が気にかかっていた私は、あるとき「子供をもつってどんな気持ち?」と彼女に尋ねてみた。すると「すごく幸せな気持ち!」と満面の笑顔が返ってきた。それから彼女は旦那が見舞いに持参した日用品の品々を、とても嬉しそうに周りに披露していた。そのなかに入っていた、包み紙に “BAC! to School” と印刷された小さな石鹸だけは使われることなく、彼女のベッドの脇にずっと飾られている。