村尾るみこ
「家がないなら嫌、畑があっても」
そういったのは、ルーシー(仮名、女性)だ。ザンビア西部の農村地帯にある難民定住地で、アンゴラ難民の第二世代として生まれた。彼女が嫌がっているのは、難民定住地に隣接してつくられた、再定住地の区画へ移住することだ。
2012年からアンゴラ難民は難民の地位が撤廃され、関連する法律が変更となったこともうけて、ザンビアのなかに暮らす在留外国人となった。そして今では多くの人が、10年の期限付きの居住権のほか、アンゴラのパスポートや身分登録証にあたるものも持っている。難民ではなくなった彼女らは、難民が住まなければならないとされる難民定住地を、「離れなければならなくなった」のだ。
ザンビアの難民定住地がアフリカのなかでも1966年と早くにつくられてから、ルーシーの父母はアンゴラを離れてここで暮らし続けてきた。難民定住地には、学校や病院、マーケットがあり、ルーシーやその家族が生活をおくるには十分な施設やものがそろっている。難民定住地の外のほうがそういった施設やものは不足していて、ザンビアの農民が難民定住地の学校やマーケットに来るほどである。
こういったこともあり、ルーシーのように難民定住地で生まれ育った人たちは、難民定住地の外にあるザンビア人の村にも普段はあまりでかけない。難民が難民定住地の外にでかけるときは、常駐しているザンビア内務省難民局の役人に許可をとらないといけないし、農作物を売り歩いたりするときだけ難民定住地の外へでかけていた。さらに、それが、難民の地位がなくなったことでなくなるという話でもなかった。ザンビアの法律を変更したことをよく知らないザンビアの人たちも多く、彼らは理不尽なハラスメントにさらされることになるのだ。
こういうこともあってか、ルーシーら「元」難民らの不満は大きい。難民ではなくなったら、今度はそれまで林だった場所を切り開いただけの、再定住地の区画へ移動しろと言われたりと、難民ではなくなっても移動や住居に制約をうけるのがすんなり受け入れられないという。
再定住地では、すべての家にではないものの、鉄や樹木でつくった家の骨格がNGOなどによって提供されるのだが、どうしてルーシーたちは移住を嫌がるのだろうか。そうした状況は男性も同じだ。ルーシーからこんな話を聞いた。
「私たち、家って、男性たちが樹木を切り出して材木をつくり、骨組みをつくって屋根をつけるの。そのあと女性や子供で壁を土で塗るのよ。」
家をたてる際の男性と女性の分業はアフリカでも珍しいことではない。ザンビアの農村に住む、ルーシーと同じンブンダとよばれる人びとの女性たちも、同じことを言う。ルーシーは続けて言った。
「私一人で、5ヘクタールの区画に住めっていうの。兄弟や父母も、同じように一人一人5ヘクタールの区画をあてがわれたのよ。お互いの区画は、とても遠くて、どこから土をとってきて、誰と家の壁を塗れっていうの?私一人だけで、それを頼むお金やものを用意できないわ」
ルーシーはひとりで小さな子を二人育てている、若いお母さんだ。いわゆる未婚の母で、歩いて2時間以上かかる再定住地の区画まで行くことも、それだけで大変である。元難民のなかには、区画に移り住まず、畑だけ耕作している人がいる。そんな人たちは運よくNGOの手厚いサポートをうけられた人たちで、窓はなくても壁がある家を手に入れて、再定住地の区画ともともと住んでいた難民定住地の家を行ったり来たりしている。
ルーシーの嘆きなど耳に届かないNGOや、NGOをバックアップする国連機関などは、骨格だけの家では再定住地へ行かないというルーシーやほかの元難民らをひとくくりに、「援助に依存しすぎて、御殿でもたてないと移動しないと言っているんだ」と非難した。
確かに、再定住地よりも、ルーシーら元難民が長年暮らしていた難民定住地のほうが、生活環境は整っている。住居を訪ねても、屋根は雨漏りがないように修理が施してあり、壁も何年かに一度は塗りなおして崩れたりひび割れた箇所がない。もし家が雨漏りしたら、ルーシーら女性が一番に「雨漏りしてるから、屋根を直してよ!」と、隣り合って住む親族の男性たちに訴える。逆に壁がひびわれてきたら、「ここ、塗りなおしたほうがいいんじゃない?」とやはり隣り合って住む親族の女性たちに頼み込む。毎日の、そのようなささやかな男性と女性の分業とそれにもとづく「互いに助け合う」ことができなくなった再定住地へは行きたくない。それは援助に依存しているからではなく、彼らが難民になる前からごく普通にやってきたことだ。
それに、ルーシーたち女性たちはことさら家にこだわる。まわりの林には猛毒をもつ蛇がいるし、マラリアの原因となる蚊もほかの小さな虫も、「女性はみんな怖いのよ!しっかりした家がないと寝れもしない!」と主張する。男性たちは、心の中では怖いと思っているらしいが、それを口に出すのは男性ではないと考えているそうだ。だからこそ、昔から遠い畑に出づくり小屋をつくって寝泊りしながら耕作にいそしむのは男性だったんだ、と言うものもいる。
ルーシーは、それでも再定住地の小さな一角を少し耕して、畑にしている。もちろん頻繁には通えないので、それにみあった広さしかない。
「でも、家がないなら、畑があっても住めないでしょ、再定住地には」
そんな風に試行錯誤しながら、ルーシーは今も難民定住地に住み続け、彼女の家の軒先を毎日きれいに掃除しているのだ。