きれい好きな元難民

村尾 るみこ

「ワシャ委員会では、まず、1)トイレを屋根・フェンスで囲うこと、2)床を掃き清めて・・・」
元難民のラシャはそれまでの淡々とした語りぶりとはちがい、語調を強めて勢いよく話し出した

ザンビアの難民定住地に隣接して作られた広大な再定住地は、5ヘクタールもしくは10ヘクタールの区画で区切られており、難民の地位がなくなった大部分の元難民が暮らしている場所である。区画には家と畑がつくられ、もちろん台所や水浴び場、鳥小屋やヤギ囲いなどが並んでいる。そしてその少し離れた木の下に、たいていトイレがつくられている。

これまでこのシリーズで紹介されたものと同様で、ここでのトイレはボットンである。

円筒状のかご。トイレとする場所の地下にうめる

マメ科の低木で巨大な円筒状の筒のようなものをつくり、穴を掘った箇所にこれをいれて足場の板や樹木をわたす。この隙間から用をたすのである。さらに囲いがつくられれば立派なトイレのできあがりである。というのも、家によっては用をすませる場所が概ね決められているだけで、茂みに隠れてささっとすませてしまう家もある。再定住地は難民定住地に比べれば人ははるかにまばらで、人口も少なく、まだまだ林が残っているためでもある。

「茂みでいいじゃないかって?それはこのワシャ委員会では奨めていないんだ」
ラシャは続ける。

再定住地のサニテーションやごみ処理などに関する自治組織の一つであるワシャ委員会とは、他の自治組織と同様に2019年に再定住地の住民らによる選挙で設置された。住民とはつまり、2014年から再定住地に移転することになった元難民ほか、ザンビア国民である。これを主導しているのは、UNDPとザンビアの副大統領府再定住局だ。元難民とザンビア国民を現地統合、つまりもともと難民であった人びとを法的に在留外国人として扱い、社会経済的に同等とするために、様々な開発事業が展開されている。SDGsももちろん視野に入っている。

「もう一回いうよ?トイレは、1)屋根・フェンスで囲うこと、2)床を掃き清めて、3」蓋をしてハエの出入りを防いで、4)フェンスのまわり、家のまわりの除草をすること。5)トイレの外には手を洗う場所を設けて、小さく削った石鹸をおくこと。これを実行するこが大切なんだ」

確かに、ラシャの家のトイレは彼の言う通りになっている。この再定住地のなかでも相当きれいなほうのトイレだろう。

屋根付きトイレの外観

セメントで固められたボットントイレ。左側は取っ手付きの蓋

トイレのすぐそばに設けられた手洗い用のコンテナ装置「TIP TAP」。ラシャは小さな石鹸をおいて手を洗う。

ラシャがこんなにトイレについて熱心に言うのは、なぜだろう。
ラシャはアンゴラ紛争を逃れた難民の移住第二世代で、ザンビア生まれである。難民定住地で育ち、中等教育は奨学金を受けながら地方都市の有名校を卒業している優等生だ。NGOや政府機関、国連機関の現地職員としての経験も豊富であり、外部の援助団体が望むようなコミュニティの組織のしかたは心得ている。元難民となって再定住地に移住してからも、まじめに畑を拡大しつづけるなどよりよい生活を求めようとする誠実な姿勢がみられ、人付き合いも広く、人望もあった。そうして選挙で委員長に選出され複数の委員会を率いている。

一方で、ラシャは難民の地位にあった時代だけでなく、在留外国人となった今でも「国民」ではない自分では、日々の生活が思うようにならない現実を少し腹立たしそうに言うことがあった。

「難民、元難民は、いつも国民よりも力がなく人としてみてもらえないから」
そう、こぼすこともあった。

ともすれば、ラシャは、そのように思うからこそ余計に、自分が国民と同じような存在であることを示すため、熱心に委員会や畑仕事をしているように捉えられるかもしれない。

しかし私は、調査のため、ラシャの家にお世話になり始めて、ラシャはそもそも何事にも丁寧でまじめで、気遣いができる頭のいい人であることを再認識しながら、一方で、彼や奥さんの「きれい好きな」性格もあると理解するようになった。彼が難民だったときには、治安維持のために、政府から認められなかった「衣食住を共にする」参与観察は、彼が元難民となった近年になって、ようやく可能となったのである。

ラシャの奥さんは、毎日朝夕、トイレを含めきれいに家の内外を掃除する。ラシャは家の周辺の除草をこまめにしている。
トイレの後に限らず、食事前後の手洗いや洗面では石鹸を用いて丁寧に手を洗う。
手を洗うための取っ手付きの水さしを使う際は、取っ手を触ったあと、手と取っ手を再度きれいに洗う徹底ぶりである。

ワシャ委員会のほかのメンバーは、必ずしもラシャのようにワシャでの推奨とあわせて徹底的にトイレをきれいにしているわけではない。むしろそのような人は、ほぼいない。
委員会のメンバーの全員が全員、屋根付きトイレ、床がセメントで固めてあるトイレをつくるほど、きれいにすることに気もお金もまわらない。
ワシャの暮らしむきは、経済的にみれば、下の中から下の上といったところかもしれないが、仮にお金があるメンバーであっても、トイレをこんなにきれいにしないのだ。元難民であってもザンビア国民も、それはもちろん同じである。

今、世界が大きな渦にのみこまれている中で、不安や不確実な状況にますますおかれがちと言われる難民や元難民といった法的な地位にある人びとは、私たちと同じように、きれい好きな人であったり人望がある人たちが、外部からの新しい価値観と向き合い、今日も彼らなりのサニテーション環境改善の方途を考えたり、従来のやり方と新しいやり方との間で今を選びとっているのだ。