『グッド・モーニング・トゥ・ユー!―ケニアで障がいのある子どもたちと生きる』(Forest Books) 公文和子=著

紹介:大門 碧

本書は,医者である著者が2015年にケニアで『シロアムの園』という知的・身体的障がいを併せ持つ子どもたちの療育施設を立ち上げるまでの個人史を含めた経緯,そしてその『シロアムの園』の2020年までの活動内容を障がい者やその家族,運営スタッフの様子を含めて丁寧に描写したものである。そして最後に,2016年に日本社会で起きた「相模原障がい者施設殺傷事件」をとりあげ,加害者の心理背景を想像することで,『シロアムの園』のその活動理念を改めて説明することで締めくくられている。

「神様にゆだねる」,「愛すべき『友』を探す」,「キリストの愛を伝える」,,,

『シロアムの園』の名称をはじめ,本書には数多くのキリスト教に由来する言葉が出てくる。著者はキリスト教徒の両親をもち,本人もまた高校生のときに洗礼を受け,大学生だったときも,そして医者として働くようになった後も,キリスト教を信仰してきた。著者が迷ったとき,そして幼い障がい者たちとその家族と接するとき,『シロアムの園』の運営そのものにも,キリスト教の考え方が,その福音書が多く参照される。紹介者は全くといっていいほどキリスト教の知識はないため,読む進めるさいに少し戸惑った。引用される福音書の言葉自体はとても平易な言葉なのに,理解するのは容易ではない。しかし,著者自身が実際にキリスト教の言葉をヒントに思いをめぐらせた逡巡の過程をきちんと説明する本書は,非キリスト教徒を強制的にキリスト教へと勧誘したり,逆に排除したりすることなく,読者にその神の「愛」というものへ自然と関心を募らせる効果を持っている。

本書は,ケニアの情報がふんだんに盛り込まれている本ではない。しかし,障がい者に対するケニアの人びとの考え方といった,簡単に知り得ないことが語られている。例えば障がいのある子どもが生まれると,それを母親の過去の罪によるものであると考えられたり,てんかんについては,「悪霊が取りついている」と考えられたりすることなどが取り上げられている。紹介者も,ケニアの隣国ウガンダの農村では,ダウン症の子どもが生まれると,その子の親が願いをかなえるために子どもを生贄にしたのだと考えられると聞いたことがある。障がい児の母親が,その子を蛇との間に生まれた子どもだと思い込んでしまっているケースもあると言う。だが私たちは,こういったケニアの,ウガンダの人びとの考え方を笑うことができるだろうか。実際に私たちは,障がい者たちとその家族をどれぐらい知っており,そしてどれぐらい共に生きていることを実感できているだろうか。

著者は,日本社会で起きた「相模原障がい者施設殺傷事件」を取り上げるなかで,「優生思想」や「生産性」を追い求めることで生じている人びとの生きづらさ,非言語コミュニケーションの尊さについて,『シロアムの園』の子どもたちやその家族の様子や,『シロアムの園』の支援者たちの言葉をつむぎながら説明している。たとえ読者が障がい者について考える機会が少なかったとしても,そのひとつひとつの説明にうなずくことも多いだろう。本書の末尾,「(前略)シロアムの園に来る子どもたちやそのご家族たちはむしろ,経済的に豊かであっても,人生の失敗や人間関係で簡単にぽきっと折れてしまう日本を含めた先進国の人々や障がいのない人たちよりも,もっと「しなやかに強い」と思うことがよくあります。」(181ページ)との一文が出てくる。これは,アフリカを対象に研究する者たちがいつも感じていることではなかろうか。アフリカに課題は多い。しかし共に歩み,互いに学ぶ姿勢をもつことで道は開ける,本書はその一つの事例なのだと感じさせる。

著者と同じケニアに住む紹介者は,自分の子どもが通う学校の行事で訪れた著者の公文和子氏を見かけたことがある。公文氏は『シロアムの園』で活動する傍ら,ナイロビ日本人学校の校医を務め,ケニアで子どもを育てる日本人たちの相談にも頻繁に乗っている。本書に触れると,改めて多忙のなかしっかり活動するその凛とした姿にほれぼれする思いである。しかし決して近寄りがたい雰囲気はない。それは本書のなかでも垣間見える,自分の活動を高慢にとらえることなく,相手の弱さに向き合い,自分自身の弱さを認め,そのとき自分たちができることを真摯に取り組んでいるその姿勢があるからだろう。

『グッド・モーニング・トゥ・ユー!』というタイトル,読み進めるうちに本書自体が,生きている一人一人である「あなた」に対する呼びかけであり,「あなたが生きていてうれしい」ということを意味する呼びかけであることを実感するはずだ。生きていていい,ただそのことを感じるためだけにでも,本書をぜひ手に取ってみてほしい。

◆書誌情報
出版社:いのちのことば社
発行:2021年