藤本 麻里子
タンザニアのインド洋島嶼地域では、漁業・漁撈が盛んで様々な魚介類が利用されている。私はこれまでザンジバルで漁業・水産業の調査を行ってきた。特にスワヒリ語でダガー(dagaa)と呼称されるカタクチイワシの干物の加工産業を調査してきた。ザンジバル島北西部の沿岸域では、漁獲されたダガーを塩茹でする湯気や薪の煙、そこで作業する人々の様子があちこちで見られる。これらダガーの干物はコンゴ民主共和国からやってきた商人に買い付けられ、やがて同国東部の商業都市ルブンバシまで運ばれる。ザンジバルのダガーは大半がコンゴ向けの輸出商品だ。
ザンジバルと同じく、タンザニアのインド洋沿岸域の島嶼にマフィア島がある。ザンジバルで調査していた時にマフィア島でもダガー加工が行われていて、たくさんのコンゴ人が買付けに来ていると聞いていたので、きっと同じようなダガー加工の風景を見ることができるだろうと期待していた。しかし、マフィア島を訪問したのがちょうどダガー漁期の終盤だったこともあり、なかなかダガー加工をしている人々に出会えなかった。しばらく浜辺を歩いてみると、それまでザンジバルでは見たことのなかった魚加工の現場にいくつも遭遇した。
まず1つ目はたくさんの油が注がれた大きな鉄鍋を火にかけ、次々と魚が揚げられていく現場だ。ここは、漁師から魚を仕入れた女性達が鮮魚を持込み、揚げ魚に加工する場所だ。女性達はプラスチック容器に1杯の魚を鉄鍋の持ち主に手数料を払って揚げてもらい、出来上がるとそれを街や路上で販売するようだった。様々な種類の魚が持ち込まれ、次々と揚げられていた。
次に出会ったのは、女性達がたくさんの鮮魚を取り囲んで座り、割いた木の枝の間に小魚を挟んでいく加工現場だった。乳飲み子を胸に抱いた女性や年配の女性、まだ若い少女のようなあどけなさの残る女性など、何人もの女性が次々と魚を拾い上げて木の枝に挟んでいく。魚の山から決まった魚種、ちょうどいい大きさの魚を選ばなければいけない。ぬるぬるする魚を1匹ずつ木の枝に挟んでいく作業自体も慣れないとなかなかスムーズにはいかない。彼女たちは串を1本仕上げるごとに数百タンザニアシリングの賃金を、魚加工業を営む事業主からもらえるのだ。座って行える手仕事のため、従事者は皆女性で、上述の通り体力のない若い女性や年配の女性、子育て真っ最中の乳飲み子を抱いた女性でも気軽に参加できる。女性がたくさん集まればお喋りの花が咲くのは世界共通で、女性達は楽しげにお喋りに興じながら次々と魚を枝に挟みこんでいく。これら女性の子供や孫と思われる3,4歳の子供が母親や祖母のところにやってきてちょっと甘えてまた去って行く様子も見られる。
彼女たちが仕上げた魚の串は、すぐ隣で火のそばに立てられ、炙り焼きにされていく。炙り焼きにされた魚の串は、街の商店主に売られたり、たくさんの串をまとめてタンザニア本土の沿岸域に出荷されたりしていく。ザンジバルよりも本土からの距離が近いマフィア島では、より多様な魚種が漁獲され、様々な魚加工の商いが発達している様子を垣間見ることができた。ザンジバルのダガー加工産業においても女性は各種工程で重要な役割を果たしているが、どちらかというと重労働が多い。それに比べてマフィア島で出会った、女性による内職的な魚加工補助の軽作業は様々な年齢、ライフステージの女性が参加しやすい現場のようだった。彼女たちにとっては魚加工の手仕事で得られる現金収入はもちろん、そこでのお喋りによる情報交換や気分転換も生きていく上で重要な要素なのだろう。そして、彼女たちの子や孫にとっては、母親や祖母が働く姿を近くで見ながら甘えることもできる。それら子供たちの中からは、将来のこの仕事の担い手候補も育っていくことだろう。