バスが届けるラブレター (タンザニア)

八塚 春名

私の親友ステラは、23歳のおしゃれでかわいい女の子。彼女は私の調査村で生まれ、小学校を卒業した後、兄弟や親戚を頼って3つの町を転々としながら洋裁の学校に通ったり、家政婦として働いたりしてきた。彼女の3つめの居候先は、首都ドドマ近郊の大きな村に住むおばさんの家だった。そこでステラは、エリというボーイフレンドに出会った。エリは、ステラより3歳年上の細身で優しい青年。彼は数年前、タンザニア北部の村からおじさんを頼ってその村に越してきて、小さな雑貨店を始めた。そして、おばさんの家に居候していたステラに出会ったのだ。ふたりは結婚することを目標に、お金を貯めたり、家を探したりとがんばっている。しかし2005年、ステラは出身村の実家が両親だけのふたり暮らしになってしまったので、両親を手伝うために村に帰ることになった。そして私はステラに出会ったのだ。

「エリと結婚したら、エリの雑貨屋さんの隅っこで洋裁の仕事をするの。」というステラ

 ステラの村とエリの村は約100km離れている。1日1本のボロバスに乗っても3時間から4時間かかるし、運賃だって片道2500Tsh※必要だ。エリは携帯電話を持っているけれど、電気がない上に携帯の電波も届かないステラの村では携帯は用なし。そんなふたりをつなぐ唯一の手段は、ボロバスに託す手紙だった。

封筒に相手の名前と住む村の名前が書かれた手紙は、バスが村を通る朝9時、停留所で待つ人の手に握られている。バスが来たら手紙は車掌に託される。バスの昇降口にはこんなふうに預けられた手紙がたくさん挟まれている。目的地に着くと手紙は、車掌によって、バスを降りた人や停留所の周りに集まっている人たちに託される。もし託された人が受け取り手を知っている場合は直接届けてもらえるけれど、たいていの場合、手紙は村の雑貨店に持っていかれる。そして今度は雑貨店の店主によって、買い物に来た村人たちに「この人あんたの近所なら持って行ってあげて」というように渡されていく。こうして手紙はやっと、書き手の愛しい人のところまで辿り着けるのだ。

しかし、こんなに長い道のりだから、時に手紙は遅れたりなくなったりする。ステラが暮らす小さな村ではほとんどの人が顔見知りなので、車掌から託された手紙がなくなってしまうことはほとんどない。しかしエリの住む村は、町近郊の人口の多い村である。手紙はせっかくエリの目と鼻の先まで来ても、しばしばエリの手元までは届かない。運がよければその日のうちに届くはずの手紙。なのに、いつまでたっても返事が来ない。そんな時ステラがとれる唯一の手段は、「返事をください」と書いた手紙をまた同じようにバスに託すことだけだった。

そんなステラも今は再び別の町で家政婦の仕事に就いている。「今度の所はエリの村に近いと思うからちょくちょく会えるし、ちゃんと結婚の準備をしたい!」と意気込んで町に出て行ったものの、行ってみれば彼女の働く先はエリの村からバスに乗り継いで1時間もかかる村だった。今度のステラの村を通るバスはエリの村を通らないから、バスに手紙を託すわけにもいかなくなった。しかし先日届いたステラからの手紙によると、それでもなんとかふたりは連絡を取り合っているようだ。ステラとエリが一緒に暮らせる日が来たら、私はどんなお祝いをあげようか・・・ああ!とっても楽しみだ!

※2500Tshは約250円。ステラの村では大人が一日他人の畑を手伝って1000Tshほどの稼ぎになる。村人にとって2500Tshは簡単に出せる金額ではない。

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日本とアフリカに暮らす人びとが、それぞれの生き方や社会のあり方を見直すきっかけをつくるNPO法人「アフリック・アフリカ」です。