ワールドカップを2倍楽しむ方法

溝内克之

ミスを連発するフォワード。試合を見守るバーの客たちから「あ〜」という嘆息が漏れる。だれかが「フォワードを交代だー」と叫んだ刹那、歓喜のゴール!!店は歓声に沸いた。

日本代表の試合ではない。「ブラック・スターズ」という愛称を持つ西アフリカのガーナサッカー代表のお話。2006年のワールドカップ、アフリカ・ネーションズ・カップを4度も制した経験を持ちながら、ワールドカップ出場にはいつも1歩及ばなかったガーナは、悲願の初出場を果たしていた。ガーナ人に囲まれながら私が観戦したのは、予選リーグ米国との一戦。優勝したイタリアとの初戦を0−2と完敗したガーナは、第2戦ヨーロッパの強豪チェコに2−0で快勝し、この米国との一戦に決勝トーナメント進出をかけていた。バーには、多くのガーナ人青年が集まり、いつもの明るい雰囲気に加え、緊張と興奮が入り混じった異様な雰囲気だった。バーの経営者、マロンさんは、その日のために有料放送と契約し、どこからかプロジェクターを手に入れ、仲間たちと母国のチームの雄姿をみる準備をしていた。ご存じの通り、ブラック・スターズはこの試合2−1で勝利し、決勝トーナメント進出を果たした。得点の後、いいプレーの後、そして歓喜の勝利の後、そして朝までマロンは、ラム酒になにかの木の根をつけた「アフリカン・パワー」をショットでみんなにふるまった。途中から何杯目かを数えるのをやめたほど、飲まされ、何度もマロンと握手したり、手をたたき合ったりした。ガーナ人の若者たちと勝利の美酒に酔ったその大会から4年が経とうとしている。

実は、私がこの試合を観戦したのはガーナではない。大阪の繁華街アメリカ村だ。通称アメ村と呼ばれるこの繁華街は、大阪の西心斎橋に位置し、多くの服飾店や飲食店などが並ぶ若者の街だ。いつ頃からか服飾店で働くアフリカ出身者が増え、「アフリカ村」と呼ばれた時期もあった。近年、日本に暮らすアフリカ出身者は増えている。数では全外国人登録者の0.5%を占めるのみであるが、その増加率は5%で、ほかの地域出身者よりも高いという。私が暮らす大阪府内では約650人、NPOアフリック・アフリカの故郷京都府では約260人のアフリカ出身者が外国人登録されている(注1)。留学生や研修生も多いようだが、多くはなにかしらの仕事・商売をしている。現在、私の知る限りアメ村には、ガーナ人やナイジェリア人たちが経営する服飾店が7店舗、飲食店が5店舗ある。近年の日本の不況で商売をたたんだ人も多いようだが、大阪にマンションを買ったというガーナ人青年もいるなど、堅実に日本に生活の基盤を築いているアフリカ出身者も多い。大阪のナイジェリア人やガーナ人はそれぞれ互助会のような組織を持っており、冠婚葬祭などの場面で集まっているという。また在留者の数が増えるのにともなって、日本人と結婚した人々も増え、ハーフの子供たちも増えている。いま、体験型博物館キッズプラザ大阪(注2)では、アフリカに関する特別企画展「〜ぱろる・ぱるれ〜アフリカのこどもたち」が行われているが、2月の特別イベントでは両親のどちらかがアフリカ出身者である子供たちによるアフリカン・ダンス・ショーが行われ、可愛いダンスを見せてくれた。

近年、サッカーに関するものも含めアフリカがメディアなどで取り上げられることが多くなった。アフリカへの注目が集まれば集まるほど、日本で暮らすアフリカの人々に向けられるさまざまな眼差しも増えるようだ。マロンさんや常連のガーナ人、ナイジェリア人と話していても、道や電車内で好奇の目や差別的な言葉にさらされることがあると何度も聞かされた。マロンさんの店でも、日本人のお客さんがドアを開けて、戸惑いの表情を見せて逃げるように出ていく場面に立ち会ったことがある。「どうしてかなぁ?普通の店なのに」とマロンさんは嘆いていた。アフリカへの関心は高まっているようだが、まだ様々な障壁があるようだ。あのイベントで楽しく踊っていたあどけない子供たちも、将来、成長するにしたがい周りからルーツを問われ、自らもルーツを問うことになるだろう。アフリカ出身者の増加という新しい国内の国際化と日本の社会はどう付き合っていくのだろうか。

さあ、今回のワールドカップには、開催国南アフリカ、日本と対戦するカメルーン、ナイジェリア、アルジェリア、コートジボアール、そしてガーナがアフリカ代表として出場する。残念ながらマロンさんは、数年前にガーナに一時帰郷した際に店を閉店したが、バーの備品などを引き継いで同じガーナ出身のエドさんがアメ村で‘Good Times’というバーを開いている。毎日のように、仕事を終えたガーナ人やナイジェリア人が連れだってダーツをしにやってくる。エドさんは、おつまみのかわりに、ガーナのスープも出してくれる。「エドさん、ワールドカップは?」と聞くと、「ここで、みんなとみるよ」とのこと。ワールドカップを倍楽しむために、故郷のチームを応援する彼らとワールドカップを楽しむのはいかがだろうか。今大会は、初めてのアフリカ大陸での開催。ポジティブに「資源大陸」、「最後の新興市場」として、もしくはネガティブに「貧困地域」、「紛争地域」としてアフリカが注目を集める機会にもなっている。しかし、それだけではなく身の回りの「アフリカ」に目を向けるチャンスにもなってほしい。難しく考える前に、まず彼らと時間を共有するのはいかがだろう。サッカーでも楽しみながら。

注1 法務省大臣官房司法法制部編『出入国管理統計年報 平成19年版』(2007)。一番多いのはナイジェリア人で、2番目がガーナ人。アメ村のある大阪市に暮らすアフリカ出身者で一番多いのはナイジェリア人で108人、ガーナ人は78人(大阪市役所『外国人登録国籍別人員調査表 2010年2月末』)。

注2 キッズプラザ大阪。アフリカ特集イベントは3月10日まで。

ABOUTこの記事をかいた人

日本とアフリカに暮らす人びとが、それぞれの生き方や社会のあり方を見直すきっかけをつくるNPO法人「アフリック・アフリカ」です。