第41回アフリカ先生報告 「第3回・関西からアフリカのエイズ問題を考える」(2010年1月23日)

西 真如

2010年1月23日、京都府国際センター会議室において、公開シンポジウム「関西からアフリカのエイズ問題を考える」の第3回目を開催しました。第1回(2007年10月)および第2回(2009年1月)と同じく、アフリック・アフリカとアフリカ日本協議会、それに財団法人京都府国際センターの共催で実施しました。参加者は35名でした。

今回のシンポジウムは、「アフリカのHIV/AIDS問題を考えることは、日本のHIV/AIDS問題を考えることでもある」という視点から、アフリカで生活するHIV陽性者の経験、在日アフリカ人がHIV/AIDS問題に関して必要としている支援、日本のHIV/AIDS対策が抱えている問題についてそれぞれ紹介し、私たちにできることを考えようという目的で実施したものです。

シンポジウムは二部構成で行われ、第一部では、西真如(アフリック・アフリカ)より、エチオピアの地域住民によるHIV/AIDS問題への取り組みについて「HIVとともに生きる社会の経験」というテーマで報告しました。次に川田薫さん(エイズ予防財団)が、関東の在日アフリカ人コミュニティに対して試みてきたエイズ啓発活動について報告しました。そして第一部の最後に、繁内幸治さん(BASE KOBE)が、日本人および在日外国人のHIV陽性者に対する支援の取り組みについて報告しました。また第二部では、フロアの参加者を交えた議論がおこなわれました。参加者からは、アフリカと日本で、それぞれ何が問題になっているかよく理解できた、多様な視点からHIV/AIDS問題を理解できて良かったという声が寄せられました。

第一部でおこなわれた報告の要約は次のとおりです。

「HIVとともに生きる社会の経験—日本とアフリカをつなぐもの」西真如(京都大学/アフリック・アフリカ)

 

エチオピアをはじめアフリカ諸国では、HIV不一致カップル(一方がHIVに感染しており、もう一方が感染していない夫婦やカップル)が生活を共にする例が増えています。その背景には、無償のHIV治療が普及したことで「HIVに感染しても生きられる」ことへの理解が深まったこと、また既婚者の間でHIV検査を受ける人たちが増えたことがあります。

この報告では、エチオピアのグラゲ県の事例をもとに、「HIVとともに生きる社会」の経験について紹介しました。グラゲ県でもHIV不一致カップルの例が増えており、中には離婚に至る場合もあるのですが、互いの健康に配慮しながら共同生活を続けようとする夫婦も少なくありません。また同県では近年、HIV陽性者の出産や子育てに対する理解も進んできました。村の女性たちが、陽性者の出産を祝福する場面も見られるようになりました。また地域のヘルスワーカー(保健師)たちは、母子感染の危険を抑えながら陽性者が出産や育児に取り組むための知識を提供しています。グラゲ県では、地域社会の中に「HIVとともに生きる」ための知識が蓄積しつつあるように思われます。

「在日アフリカ人コミュニティへのエイズ啓発の現状と課題」川田薫(エイズ予防財団)

 

日本で生活するアフリカ人は、1980年代後半から増え始めました。現在では貿易、サービス業、工場勤務、語学教師、音楽・舞踊といった多様な職業に従事する在日アフリカ人が、関東や東海地方をはじめ、全国各地で生活しています。この報告では、関東地方の在日ナイジェリア人を対象に実施したHIV/AIDS啓発活動について紹介しました。

ナイジェリア本国(人口約1億4千万人)には、およそ260万人のHIV陽性者が生活していると推定されます。しかし、在日ナイジェリア人のHIVに対する関心は、決して高いとは言えません。在日ナイジェリア人の中には在住年数が20年を超える人も多く、HIVは他人事だという考えを持つ人が少なくありません。またアフリカとHIV/AIDSを安易に結びつけることへの強い反発もあります。その中で、HIV陽性者が適切な治療や支援を受けられず孤立化するという問題が起きています。

 

そこで川田さんは、在日ナイジェリア人にアプローチするため、いくつかの工夫をしました。ひとつは同郷団体との協力です。在日ナイジェリア人は、イボ人、ヨルバ人といった民族集団別の組織を設立し、助け合って生活しています。もうひとつは、HIVに限らず糖尿病などの生活習慣病も含めた健康相談会としたことです。ヨルバ人の同郷団体とともに実施した健康相談会は、アフリカ日本協議会および日本人医師、看護師の協力もあって、多くの参加者を得ました。他方で、HIV啓発活動に関心を示してくれない団体もありました。このほか、最もサービスを必要としている人たちに健康相談の機会をどう提供するか、女性のHIV陽性者が日本で生きていく力を持つためにはどうしたら良いか等、これから取り組むべき課題はたくさんあります。

「関西におけるHIV陽性者支援の現状と課題」繁内幸治(BASE KOBE)

関西では、HIVと人権情報センター関西支部、陽性者サポートプロジェクト関西、CHARM 移住者の健康と権利を支援する会、そしてBASE KOBE といったNPOが、日本人および在日外国人のHIV陽性者に対する支援を行っています。BASE KOBEの支援は、(1) 神戸市保健所と連携した感染告知直後からの電話およびメール相談、(2) 面談(予約制・随時)、(3) バディサービス(初診時の拠点病院への同伴)、(4) その他の相談などを実施しています。

関西においては、男性同性愛者のあいだでHIV陽性者が多く報告されるなど、部分的に感染の拡大が進行しています(この点で、エチオピアやナイジェリア本国のように、幅広い人口に感染が拡大している状況とは異なります)。これに対して、啓発や支援は、市民全般を対象に行われています。もちろん、多くの市民がHIV/AIDSに関心を持つのは重要なことですが、他方で感染のリスクが低いはずの人たちが「過剰反応」することで、検査のコストばかりがふくらみ、本当に支援を必要としている人たちが置き去りにされるという問題もあります。

検査後の支援体制の脆弱性も問題です。例えば、夜間にHIV感染を告知された人たちがすぐに相談できる窓口が、もっと必要です。また、HIV陽性者の歯の治療も、簡単ではありません。歯科治療の際に、患者がHIV陽性者であることを明らかにすることは、診察する側の歯科医師にとっても重要なことですが、しかし実際には、陽性者の治療を受け入れようとする歯科医師は、非常に限られています。

HIV陽性者の相談を受け付けていると、病気そのものとは別に生活上の困難を抱えていて、適切な治療を受けられず、支援を必要としている例が多いことに気づきます。例えば視覚障がいなどがあってHIV/AIDSに関する情報にアクセスしにくい人たちがいます。またいわゆるネット難民など非正規雇用の若者は、適切な治療を受けられない場合も少なくありません。こうした人たちをターゲットにして、適切な予防情報を提供したり、支援を行うことが重要です。

※このシンポジウムは、京都府国際センター「平成21年度NPO等との協働文化理解事業」の支援を受けて実施されました。