手紬・手織り・手刺繍の技―エチオピア・エリトリアの民族衣装(エチオピア・エリトリア)

眞城 百華

北東アフリカのエチオピア北部からエリトリア南部にかけての地域では、民族衣装として白い木綿が使われる。男性は白いシャツとパンツを着たうえで、ガビと呼ばれる木綿ガーゼを何重にもした厚手のストールを上半身に纏い、女性は同じ素材の木綿で作られたドレスに同じくストールを纏うのが正装である。日曜日の早朝には、白い衣装やストールを纏った姿で教会に向かう人々が朝靄の中に溶け込んでいる。

教会に向かう人々(アクスム)

エチオピアドレスの店

エチオピアでも機械織の参入や、中国製の「手紬」らしき木綿布が地方都市にも流入するなど民族衣装を取り巻く環境にも大きな変化が起きている。だが、いまでも正装となるドレスは、綿を手で紡ぎ、機織り機で手織りし、その布から作ったドレスに手で刺繍を施すという長年継承された手仕事によって作られている。

大判のガビやドレスを作るために使われる綿布は、今では機械織が主流だが、エチオピア北部の街アクスムではいまだに手紬の綿糸を手織りして作られた綿布の需要が非常に高い。この地域では、会議の席でもコーヒーセレモニーのおしゃべりの最中も女性たちが手でくるくると綿の実から糸を紡いでいる光景をみることができる。

女性組織の地域代表の会合でも糸紬をしながら参加。

糸紬

機械で製糸した綿糸は太さも均一にみえるが、人々が手紬の布を好むのには理由がある。標高2000メートル前後の高地であるこの地域は、昼間は27度くらいと暑くても夜は一気に15度程度まで冷え込む。手紬の糸で織られて何重にも重ねられた綿布は、布と体の間に空気の層を作り、外気を遮り体温を一定に保つ機能を持っており、暑い日差しからも冷たい夜の外気からも人々を守っている。また紡がれた糸は思いのほか丈夫で大切に扱えば数年も使い続けることができる。伝統技術で作られた手紬綿の評価は高く、この10年でローカル価格は3倍以上に跳ね上がった。

男性の機織り

NGOで刺繍の職業訓練を受けたシングル・マザー

織物と刺繍は、この地域ではマイノリティとなるムスリムの男性の仕事であった。1970年代初頭までムスリムは土地保有を許されなかったため、ムスリムにとって織物は貴重な生業であった。今もムスリム男性が手織物産業の中核を占めるが、他方で近年は宗教を問わず女性たちが織物と刺繍の領域にも参入し始めた。シングル・マザーや寡婦など女性世帯主の参入も顕著である。初期投資も少額で、子育てをしながら、家で受注した織物や刺繍ができるこの仕事は女性たちの新たな経済活動の場となっている。

綿花価格の高騰や機械織の綿布の量産によって、手紬綿の価格はうなぎのぼりだ。良質のストールを贈るために、女性たちは最もコストが高くなる綿糸を自分たちで紡ぐ。子供や孫を想いながら彼女たちが生活のあらゆる場面で数か月にわたって紡いできた柔らかな綿の糸。この糸でおられたストールには、コーヒーや香辛料の香りだけでなく、家族の対話や近所の噂話も一緒に織り込まれている。