マサイが飲むミルクティー「チャイ」―日本人大学生が見たマサイ社会の今②(ケニア)

目黒 紀夫

夏休みに学生をケニアに連れていった。そうすると、すっかりケニアに慣れ親しんでしまった自分にとっては当たり前だけれども、初めてケニアを訪れる身には予想外な物事があることに気付かされる。たとえば「チャイ」がそれだ。

お隣のタンザニアと同じく、ケニアでも砂糖いっぱいの濃厚で熱々のミルクティーが「チャイ(chai)」と呼ばれる。それはとても日常的な飲み物で、わたしの調査地では朝食の代わりになっている。それなのに、渡航前の学習ということで学生に現地の食事を説明する時、ウガリの説明に力を入れてしまいチャイのことは忘れがちだ。日本人なら誰でもミルクティーを知っているし、説明をしなくてもいいだろうと思ってしまうのだ。しかしそれはわたしの勘違いだった。調査地に連れていった学生の一人は、現地で行なう調査のテーマとしてチャイを選んだ。なぜなら、それが彼にとって最も予想外の存在だったからだ。

写真1 朝、カップ一杯のチャイを飲む子どもたち

その学生は、授業などでアフリカも近代的になってきていることを知り、伝統的とされるマサイの人たちの今の生活を知りたくて渡航を決意した。実際にわたしが調査の拠点としているキマナの町で彼は、洋服ではなく布を身にまとい、ビーズのアクセサリーで飾り立てているマサイの姿をあちこちに見た。そして「キマナのマサイは思っていた以上に伝統的だ!」と思った。

ところが、ホームステイ先であるわたしの調査助手ジェレミアの家に行ってみると、それはブロックとトタンでできていた。中には大きなソファやベッドがあり、土足で踏み込むことをためらうほどの立派さだった。そしてチャイを出された。カフェ好きで日本ではコーヒーの豆や淹れ方にもこだわる彼にとって、ミルクティーは西洋的なものだ。だから、「ジャンプが高い」「視力が良い」といった野生的なイメージで語られがちなマサイが飲んでいるチャイに、とても興味が湧いたのだという。

写真2 ジェレミア家のある日の朝食。この日はチャパティも出された

学生は2日間で21人に聞き取りをした。以下はその結果の一部である(カッコ内はわたしによる補足)。(※)

  • 多くの人が、ウシのミルクの方がさっぱりとした味で、ヤギのミルクの方が濃い味だと認識していた写真3 調査を手伝ってくれた人たちとその振り返りをした時もチャイが出された(わたしの調査地のマサイがミルクを絞るのは主としてウシとヤギの2種類。多くの世帯がヒツジを飼っているが、そのミルクを絞ることはまれ)。
  • ウシのミルクの方が好きという人が11人、ヤギのミルクの方が好きという人が10人で、ミルクの味の好みは割れていた。
  • 町でいくつもの会社の茶葉が売られている時、人気のあるものとそうでないものがあった。人気の理由としては、「香りの良さ」や「味の良さ」が「安さ」と並んで挙げられていた。
  • 1日にチャイを飲む回数は、2回が8人、3回が10人、4回以上が3人であった。
  • 「子どもの頃からチャイを飲んでいたか?」という質問に対して、50代以上で「飲んでいた」と答えた人は5人中1人であったのに対して、40代では4人中2人が「飲んでいた」と回答、30代以下では12人中10人が「飲んでいた」と答えた(ケニアが独立をしたのは調査の54年前。わたしの調査地と外部との間の人や物の交流は独立後に活発化したといわれているので、そのことと関係があるのかもしれない)。
  • チャイは50年以上前から飲まれていたことになるが、当時はとても貴重なもので長老など特別な人しか飲めなかったという。

この調査をした学生は一週間ほどの滞在の中で、マサイの人たちはお客が来るとよくチャイをつくる、チャイができたら一人ではなく誰かと一緒におしゃべりをしながら飲む、調査でいくつものお宅を訪ねていると一日に何杯もチャイを飲むことになる、といったことを身をもって知った。そして、「伝統的」に見えたマサイの人たちの今日の生活の中に、「西洋的」に見えたチャイがマサイなりのやり方で根づいていることを理解した。

写真3 調査を手伝ってくれた人たちとその振り返りをした時もチャイが出された

ところで、チャイの作り方はシンプルだ。鍋に水を入れて沸騰させ、茶葉と砂糖とミルクを入れて一煮立ちさせる。茶葉を入れてしばらく煮出してから砂糖とミルクを入れる人もいるけれど、いずれにしても女性たちは目分量で勢いよく茶葉や砂糖を入れており、難しそうには見えない。それなのに、いざ日本でつくってみるとなかなか上手くいかない。煮出し過ぎて苦くなったかと思うと物足りない薄味になったりで、いい塩梅にならない。わたしが下手なだけなのかもしれない。しかし、あらためて思い出してみるに、砂糖の甘さが時によってまちまちなのに比べて茶の濃さにあまり差がないことの裏には、マサイなりのチャイづくりの勘所のようなものがあるのかもしれない。件の学生は来年の夏にまたケニアに行き、調査の続きをやりたいといっている。もしかしたらその調査の結果として、その勘所が分かるかもしれない。(それともやっぱり、わたしにチャイづくりの腕がないだけ?)

※調査日:2017年9月25、26日、調査者:原 一貴