アフリカの未来世代 エチオピア編(エチオピア)

眞城 百華

エチオピアに通いだして15年以上になる。2003年から2年間滞在していた時に私が借りていた家は8家族が居住する複合住宅(アパート)の一角だった。当時同じアパートに住んでいた時の隣人の子供たちが、今や大きく成長し大学生や高校生になっている。

サラームに初めて会ったとき、彼女はたった3歳だった。母親そっくりの顔をしたとても独立心の強い子だった。いつも唯一のおもちゃであるピンクのウサギのぬいぐるみを小脇に抱えてお兄ちゃんや近所の年長の子供たちの後をついて回っていた。ウサギのぬいぐるみは、彼女が生まれた隣の国で出生のお祝いの時にもらった。彼女が生まれてすぐ戦争がはじまり、父親を隣国に残し、母親とお兄ちゃんと一緒に生後数か月でサラームはエチオピアにやってきた。自分の名前の後に、苗字として使われる父親の名前。しかし、サラームは写真でしか父親を見たことがない。

エチオピアでは母親が日用品を売る小さな商店を商いなんとか3人で生きてきた。お兄ちゃんたちが数字や文字を書く練習しているときに、サラームも書いてみなさいとペンを渡されると泣いてペンを持つのを嫌がった。この子は勉強嫌いになるのかしらと、母親も困り顔だったが、小学校に入ってからサラームの成長は目覚ましかった。商店を商うサラームの母親は幼少期には村に学校がなくて今も文字が書けない。つけの帳簿をお客に書いてもらって騙されたことも数知れない。小学校に入って文字をかけるようになったサラームはお兄ちゃんと一緒に店の帳簿を付け始めた。8歳で計算もできるようになると商店の店番もサラーム一人でできるようになった。今では買い付けなどで母親が出かけてもサラーム一人で店の切り盛りができる。石鹸、マッチ、小麦粉、クッキー、砂糖、コーヒー、80以上もあるすべての商品の値段を暗記している。3歳の小さな子の買い物にお釣りを落とさないように注意して、つけのたまった客に支払いを催促し、戻してくれないコーラの瓶の回収をひと声かける。母親がしていた通りに店を切り盛りし、留守番をしながら料理など家事もする彼女は16歳にしてすでに一家に欠かせない重要な存在だ。お兄ちゃんは商売を嫌ってすぐに外に遊びにでて全然帰ってこない。店ではいっぱしの商店主の役割を果たすサラームは、母親の負担を減らすべく学校に行く以外はじっと店にとどまっている。

学校の友人の中には、裕福な家庭でお手伝いさんもいるから家事を手伝ったこともない子もいる。おしゃれをしておしゃべりしてゲームに興じる友人と同じにしたくて、サラームは自分の誕生日にはお店を手伝わないと宣言した。たまたま来ていた筆者にケーキとジュースをねだり、お金持ちの子供と同じようなファッションをして、友人たちを自分のバースデー・パーティーに招く。遊ぶ暇のないサラームは、友人たちが一緒に遊ぼうと誘うカードゲームのルールを知らない。お店では大人顔負けの客裁きをするサラームは、カードゲームのルールを知らないのを友人に悟られないように懸命にカードをくってゲームのルールを探りながら、友人たちと貴重なフリータイムを満喫していた。

お店で働くことは嫌いじゃない。でもずっとお店で母親を助けて働くだけでも面白くない。お店以外の町にも出てみたい。母親の長年の友人の筆者が訪問する時だけは、母親も筆者と一緒にサラームが町に出かけることを許してくれる。1年で数回の店を離れるチャンスだ。町では1年間思い描いていたことを実現する。ラザニアを初めて味わって、ジェラートをデザートに。友人たちの話でしか聞いたことのない贅沢だ。店で社会経験を積んだサラームは16歳とは思えないほどしっかりしている。一緒に靴を買いに行った店では、店員が外国人と一緒に来たサラームにいつもよりも1.5倍くらい高い値段を吹っ掛ける。自分より15歳は年上の店員をいなして、値切交渉を始める。バイクタクシーに乗るときも、筆者がいては外国人値段を吹っ掛けられるからと、筆者を物陰に隠して値段交渉した後に筆者を呼びに来る。あの小さかったサラームが、大人顔負けの交渉術を身につけてたくましく成長していることに、訪問するたびに驚かされる。

学校の成績も悪くないから大学に行くこともあきらめていない。10月から高校最後の1年が始まる。来年の7月にある大学入試の試験に通れば、大学生になることができる。自分が遠くの大学に行ってしまったら年を取ってきた母親だけで店を切り盛りするのが難しくなるだろう。大学はローンを借りていけるけれど生活費や交通費などは今の母親には出せないかもしれない。いろんな心配を抱えながら、それでも自分の力で人生を決めるチャンスを失いたくない。大学に行く4年間だけ我慢してくれたら、卒業後に働いて家にお金を入れることもできると目を輝かせて自分の夢を語るサラームがいつも考えているのは母親と店のことだ。

農村では子供は男女それぞれに役割がある。しかし町では男子がする農耕や牧童の仕事はないから男子は学校に行く以外は町で友人たちと遊びに興じる。男性のほうが将来稼ぎのよい仕事に就く機会が多いからと家族も男子に優先的に教育の機会を与えようとする。他方、女子は家事や家の手伝いなど農村ほどではないがいつも多くの時間をそれに割くために学校以外に勉強する時間を取ることができない。大学入試でも女子生徒は家事負担が重いことを考慮してアファーマティブ・アクションが適応され、同点であれば女子生徒を優先して入学させることが教育省で決定された。しかし、サラームの生活を見ていると、エチオピアの女子生徒たちがアファーマティブ・アクションの対象となる段階に達するまでがいかに大変かを痛感する。心配の材料を挙げればきりがないが、未来を信じて懸命に努力するサラームの姿は、自分の人生を、家族を、地域を、国を、アフリカを変えていこうとする若い世代のエネルギーを感じさせる。

大学に行く夢を実現させるために、交渉上手のサラームに大学に合格したらノートパソコンとスマートフォンを買うことを約束させられた。彼女のもとにノートパソコンを持っていく日を筆者も心待ちにしている。