「ムサ〜!」
「アドゥライ〜!」
「シェフチェンコ〜!」
太陽が西に沈みはじめるころ、村のあちこちで子供を呼ぶ声が聞こえてくる。食事が集会所に運び込まれるのだ。空き地でサッカーボールを追いかけていた少年たちが、一目散に家に帰ってくる。男たちの食事はあっという間。かれらにかかればキャッサバ粉で作ったヘルメット大のフーフーが、2・3分も経たないうちに見事に跡形もなくなってしまう。サッカーに熱中して出遅れると、食事にありつけない。
そんなサッカーに夢中な村の少年たちは、高校に通いはじめるころ自分にあだ名をつけるようになる。最近の人気は、断然、ヨーロッパリーグの選手の名前。例えば、本名がモハメッドという少年のあだ名は、セリエAのACミランに活躍していたウクライナの選手「シェフチェンコ」。カメルーンの絶対的エース、サミュエル・エトー・フィスが活躍するセリエAの選手はなかでも人気が高い。「なぜ、サッカー選手の名前にするって?そりゃ、女の子にモテルためさ~。」照れた様子で応える少年たち。
ここは、熱帯林に覆われたカメルーンの東部州のある村。去年から村のなかにパラボナアンテナを設置した世帯ができ、カメルーンのナショナルチームの試合は必ず村の人びとがお金を持ちより発電機を回して試合を観戦するようになっている。村の中のサッカー熱は、ワールドカップを控え、ますます加速しているようである。
さらに家の中にテレビとスピーカーまで運ばれてくる。いつの間にか、5m四方の部屋の中にゴザが一面にひかれ、若者たちは思い思いの姿でテレビを眺めはじめた。かれらは興奮が収まらないように話し続け、ますます盛り上がり、いつの間にかカメルーンのダンスビデオが大音量に流れ始めた。
「明日は大事な試合だって言ってたのになんで早く寝ないの~」と、隣の部屋でお母さんたちと寝ることにした私は不満をもちつつ、「明日の試合にひびきませんように」と祈り、床に就いた。ただ、スピカーから大音量で流れるDj Kolioの “Papa Samuel Eto’o”が耳について、なかなか眠らせてくれない。そんな私の心配もなんのその。朝起きたかれらの表情は意外にもはつらつとしていた。「これなら、みんな遅刻しないだろ」「新婚のやつがいるから、試合前に家にいると疲れちゃうんだよ」なんて、かれらは冗談を言いながら、試合会場まで意気揚々と歩いて向かった。
賞金があるからか、試合はいつにも増して空気が張り詰めていた。蒸留酒を抱えたお母さんたちが、盛り上がった観客にどんどんお酒を売りはじめると、ヒートアップした観客も絡んで試合は一発触発の状態に。そして意外にも、かれらは勝利を掴んだ。大きな声で指示を出しあいながら駆け巡る11人の選手の姿をみていると、昨晩のことが団結心を結んだようと思えてきた。果たして、かれらのエネルギーの源はなんなのだろう。くたくたになりながらも応援をしていた私には、村のなかでわからないことがまたひとつ増えてしまった。
東部州は、カメルーン全10州のなかで唯一サッカーの一部リーグがない地域である。カメルーンサッカーとしては、まだ開拓されていない地といえる。それでも、サッカー素人の私には、未来のエトーになるような金の卵が村に溢れているように思える。都市に暮らす友人にそんな話をすると、「まだまだカメルーンのサッカーを知らないなあ」と言われるが、村のサッカーチームが最近とても誇らしい。
カメルーンには、ワールドカップ初戦に日本と対戦するエトー率いるサッカーチームや女子サッカー、フットサルといった「不屈のライオン」と呼ばれるナショナルチームがある。そしてカメルーン全土にローカル・サッカーチームがある。首都ヤウンデのスタジアムには、朝6時から夜8時過ぎまで、ヤウンデ市を拠点とする一部リーグの選手たちやローカル・チームが途切れることなくサッカーをしている。学校が終わると、あちこちの空き地に少年・少女がサッカーをしに集まってくる。言わずもがな、カメルーン全土でサッカーは最も熱いスポーツである。
日本とカメルーンのワールドカップ初戦6月15日、私たちは同じ時間にテレビにかじりついていることだろう。カメルーンの多くの村では発電機の音が鳴り響いているはずだ。