ゴリラはナイフを持っている (カメルーン)

服部 志帆

住居を作る女性
 

中央アフリカのコンゴ盆地一帯に広がる熱帯雨林には、「ピグミー」と呼ばれる狩猟採集民が暮らしています。「ピグミー」は、細長い木と大きな団扇のような葉で作られたドーム型の家に住み、食料や家財道具の材料の大半を森から得ています。「ピグミー」の森には、樹高が40メートルほどにもなる巨木がそびえており、一度森に入ると、緑に埋め尽くされた空間がどこまでも広がっています。森では、ゾウやゴリラなどの哺乳類や樹間を飛び交う色とりどりの鳥たち、大河にゆうゆうと身をゆだねる爬虫類、目もくらむほどの数で訪問者を圧倒する昆虫など、さまざまな動物たちがその生を営んでいます。「ピグミー」はこのような動物たちを日々の食料にするほか、太鼓や踊りの衣装、そして薬の材料などに利用します。また、動物たちは「ピグミー」の民話に頻繁に登場し、森のキャンプを舞台に個性豊かな動物たちが活躍する歌物語が語られます。以下は、カメルーン東南部に暮らすバカ・ピグミーの森のキャンプで、焚き火を囲みながら狩猟の達人に聞いたゴリラの物語です。

“ある時、バカ・ピグミーの男たちが森に狩猟へ出かけた。河を渡り、ラフィア椰子の茂る湿地を越え、森のキャンプに到着した。夜が近づいていたので、あわてて家を作り、焚き木を集めた。火をおこし、焚き火の中にプランテンバナナを入れて焼いた。あたりはずいぶん暗くなった。男たちはプランテンバナナが焼けるのを待ちながら、それぞれがこれまでに狩った動物の話に興じていた。すると、すぐ近くの茂みのほうから、「ホーッ、ホッ、ホッ、ホー」というおたけびが聞こえてきた。ゴリラの鳴き声だ。キャンプは一瞬にして緊張感が満ち、槍を持った男たちはわれ先にと暗闇めがけて飛び出していった。どのくらい経っただろうか。男たちが帰ってきた。ゴリラはどうやら逃げてしまったようだ。しかし、男たちの興奮はなかなか冷めず、キャンプでは遅くまで男たちの話し声が絶えなかった。

翌日、男たちはさらに森の奥にあるキャンプを目指して森の中を歩いていた。大きな「ボココ」(イルビンギア科の樹木。種子が食用になり、火であぶって食すと香ばしい味がする)の木の傍で、一匹の大きなゴリラに出くわした。ゴリラは男たちに気づくと、男たちのほうに激しい勢いで向かってきた。一番前にいた男が、槍をゴリラめがけて投げた。槍はゴリラの背中にみごとに命中し、ゴリラはどさっと倒れた。倒れたゴリラはなんと、手にナイフを持っていた。さらに驚いたことに、木陰に隠れていた子供のゴリラが、親ゴリラの手からナイフをとって逃げた。男たちは慌てて子供のゴリラに槍を投げたが、命中せず、子供は森の中に消えた。”

私が初めてこのゴリラにまつわる不思議なお話を聞いたのは、今から6年以上も前のことです。カメルーンの森でバカ・ピグミーとともに生活をし始めたばかりの頃で、つたない言葉で「ゴリラはどうしてナイフを持っているの?」、「ゴリラはナイフでいったい何をするの?」と聞いてばかりいたことを思い出します。彼らの説明が聞き取れず、ずいぶんもどかしい思いをしました。それから、バカ・ピグミーとともに過ごす時間が増え、彼らの言葉も少しはわかるようになり、ゴリラがバカ・ピグミーにとって重要な動物であることがわかってきました。

狩猟帰りの青年たち
 

ゴリラはバカ・ピグミーの言葉で「エボボ」と呼ばれており、特別にオスには「ギレ」、メスには「マンゴンベ」という名前が付けられています。ゴリラのオスの体長は160cmほどあり、体重は150kgを軽く越えます(メスはオスよりひとまわり小さい)。「ピグミー」の成人の平均身長が150cmほど、平均体重が45kgほどであることを考えると、彼らにとってゴリラがいかに大きな動物であるかがわかります。ゴリラの狩猟は命がけであり、ゴリラを槍で倒すということはハンターにとって大変名誉なことです。

男性によって狩猟されたゴリラの肉は調理され、バカ・ピグミーの胃袋を満たします。しかし、女性の中には「ゴリラは人間に似ている」と言って、ゴリラの肉を食べたがらない人もいます。とくに、ゴリラは人間の中でも、バカ・ピグミーとともに森林地帯に暮らしている農耕民にたとえられます。バカ・ピグミーは農耕民に獣肉やハチミツなどの森林産物や労働力を提供し、その代わりに農耕民から農作物や工業製品などを得ています。一見、彼らは相互依存的な関係を結んでいるように見えるのですが、実際、両者の関係は対等とはいいがたく、体格の大きい農耕民を前にバカ・ピグミーはなかなか頭が上がりません。あれこれと命令をする農耕民を見て、バカ・ピグミーがこっそりと「ゴリラが叫んでいるよ」と陰口を言うことは決して少なくなく、時には農耕民の様子をゴリラに見立てたユニークな寸劇が行われたりもします。

また、バカ・ピグミーは「農耕民は死んだらゴリラになる」という俗信を持っており、ゴリラに生まれ変わった農耕民がかつての畑に現れたなどということがまことしやかに語られます。ほかにも、バカ・ピグミーの民話の中には、子供たちが昼間に村に現れたゴリラを人間と勘違いするという話や、ゴリラがある若い娘を気に入り自分の嫁にしようとする話があります。あまりにも人間に類似した体躯やしぐさのために、ゴリラは農耕民に喩えられ、人間に間違われ、人間に恋をし、そしてついには、ナイフを持つようになったのでしょうか。

ある日、調査村の近くの農耕民がゴリラをしとめ、私の家まで持ってきました。農耕民が籠から取り出したゴリラの手を見て、驚きました。人間の手とそっくりなのです。手には均整の取れた5本の指があり、手の平にはしっかりとしわが刻まれており、さらには指紋まであります。ゴリラがこの手にナイフを持っていても、なんらおかしくないような気さえします。森でゴリラがナイフを器用に使って、大好物の「ジィ(ショウガ科の草本)」の髄や「ゴンゴ(クズウコン科の草本)」の芽、ベッドの材料になる葉などを採集している様子が目に浮かびました。もしかしたら、川辺に転がっている石を使って、ナイフを研いでいるかもしれません。農耕民は、ゴリラの手に見入っている私に向かって、「欲しいか?」と尋ねました。私がいらないと告げると、ゴリラの手を籠の中に投げ入れ、スタスタと行ってしまいました。農耕民が去るのを見届けると、バカ・ピグミーは「ゴリラがゴリラを殺した」とお腹をかかえんばかりに大笑い。彼らの笑い声はなかなかやみませんでした。

(ゴリラの狩猟について)
エッセイの一部で描いた森の住人(バカ・ピグミーや農耕民)によるゴリラの狩猟は、彼らがこれまでに培ってきた重要な文化の一つであると筆者は考えています。近年、アフリカの熱帯雨林においてゴリラなど大型類人猿の狩猟は禁止されています。しかし、実際にゴリラはほとんど獲れませんし、森の住人がゴリラをとり尽くすということは考えられません。筆者は、森の住人によるゴリラの狩猟の禁止については、注意深く検討する必要があると考えています。