アフリカ熱帯で燻される(カメルーン)

林 耕次

調理方法として「燻す」,あるいは「スモークする」効果は,一般的にはその風味を楽しむための工程だと考えるのではないだろうか。私が長年通い続けているアフリカ熱帯の調査地では,もちろん食材に対しての燻された風味付けの効果はある程度見込まれているものの,実はそれ以上の目的があるようだ。すなわち,「食材の保存」という点である。

例えば,定住した狩猟採集民バカ・ピグミーの生活を思い返してみると,野生の肉や魚などは大抵の場合,「食べる分だけを獲る」というのが常である。まれに,思いがけず食べきれないほどの量を獲得したとき,余剰分は「燻す」ことになる。屋内に小さめの木製棚を作って,棚の下で火を熾す。棚に乗せられた食材は,じっくりと熱で乾燥される。必然的に,煙のにおいが染みつく(=スモークされる)ことになる。

大型の森林性カモシカが獲れた際には,その日に食べる分以外の肉は燻された。 個人的見解では,燻されて1〜2日経った肉が旨い。

なお,日中の日差しで日干し乾燥させるのは,熱帯雨林という自然環境の特性もあり,あまり現実的ではない。また,薪となる材料は,森を歩けばいくらでも見つけ出すことができるのだ。

蛇足ではあるが,電気が通じている都市部などは別として,アフリカ熱帯の一般家庭では,さほど冷蔵庫が普及しておらず,また,食材を保存するという発想はあまりないように思える(ビールを冷やすことには,ことのほか熱心のようだが)。

魚も燻される。近隣の農耕漁撈民によって販売されることもある。

森でのキャンプ中に,たまたま大量の肉が獲れたりする場合には,屋外にも大きな棚を作り,肉が腐ったり,蠅にたかられないよう常に火を熾し続けなくてはならない。そうして3,4日も燻された肉はすっかり乾燥し,重量もかなり軽くなる。

屋外では効率よく燻されるように,肉のうえに枝葉が置かれる。

しっかり燻されて防虫・防腐の効果をまとい,すっかり軽くなった食材は,当然持ち運びにも便利で,森から定住集落,あるいは近隣の集落にも“流通”することが可能になる。これは,アフリカ熱帯地域で深刻な問題となっている,いわゆる「ブッシュミート・トレード」においても意味があるだろう。一部の地域では,必要以上の野生動物が捕獲され,長期保存可能な状態で燻された獣肉が市場に出回っている現状も指摘しておきたい。

森で長期滞在中に捕獲された肉の一部は,燻されたのちに集落に持ち帰る。

また,アフリカ熱帯で,もうひとつの「燻す」事例として,蜂蜜採集,食用のシロアリ採集を紹介しよう。いずれも調理の工程というより採集活動の過程といえるものだが,蜂蜜もシロアリも,バカ・ピグミーの人びとにとっては重要,かつ大変好まれる食材である。ここでいう「燻す」行為とは,蜂に刺されたり,蟻に噛まれたりしないための,いわば殺虫(=煙で虫が混乱する)効果を狙って行うものである。巣のまわりに火を熾し,燻したあげく,苦労の末に蜂蜜と食用のシロアリを採集する。

それらの大半はキャンプに持ち帰るが,一部はその場で口にされる。煙が漂う森の中では,その燻された薫りも味のうちだといえるのかもしれない。もっとも,森のキャンプ生活に同行したあとは,衣服やリュック,帽子,フィールドノートにいたるすべてのものに煙の匂いが染みつき,私自身,その匂いを伴ったまま帰国することが恒例となっている。

まさにアフリカで燻されるのだ。

蜂蜜採集の際には必ず火を熾して,薪の煙で周囲を燻す。蜂に刺されても食べたい食材だ。

シロアリ塚に火のついた薪を差し込み,煙で燻して巣穴を混乱させる。

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日本とアフリカに暮らす人びとが、それぞれの生き方や社会のあり方を見直すきっかけをつくるNPO法人「アフリック・アフリカ」です。