臼と杵が彩る料理風景(カメルーン)

林 耕次

みなさんは、「アフリカの料理・調理」ときいて、何を想像されるだろうか?

私はこれまで、「アフリカの食文化」というテーマの講義で何度か大学の教壇に立ったが、講義の冒頭、何の情報も出さずに「アフリカの食文化」について学生のみなさんのイメージを尋ねてみると、「大草原で野生の肉を狩って食べる」「生の肉を食べる」「火あぶりの肉を食べる」・・・といったような極めてワイルドなイメージを抱くようなコメントが少なからず返ってくる。例えば、私が長年調査を行っているアフリカ熱帯地域のカメルーン南東部では、私の知る限り「生の肉や魚を食べる」習慣はない。逆に、「日本人には、生の魚や肉を食べる習慣があるんだよ。」と現地の方に話すと、何ともいえない嫌な顔をされる。それは、あたかも「おまえたち日本人は変態か!?」と言わんばかりの表情である。

なお、「火あぶりの肉」に関しては・・・。確かにそういう食べ方も現地ではあるが、決して日常的にメジャーな調理方法であるとはいえない。

実際に、アフリカではどのような食材・調理方法を用いて料理が作られ、「アフリカの食文化」が形成されているのだろう。その一端を知る手がかりとして、「アフリクック」での第1回テーマ:「搗く」という作業に注目して紹介してみようと思う。

いつの頃からか、アフリカを象徴する牧歌的なイメージのひとつとして、「夕暮れを背景にすらりと立った女性たちが、長い棒状の杵を持って臼を搗いている情景」を思い浮かべるようになった。何かの番組のワンシーンだったのかもしれないし、どこかでみた絵はがきや絵画などの構図だったのかもしれない。

日本では、臼と杵を使って「搗く」調理方法といえば、お正月の餅搗きをまず始めに思い浮かべるが、逆にそれ以外では思い当たらない。しかし、アフリカでは、私のいだくイメージのように、食材を「搗く」ことが比較的広範囲でみられるようだ。

私なりに考えてみたところ、そもそも「搗く」という工程の目的は、1) 穀物などの主食にあたる作物を脱穀するという、食物加工の一次的な目的で行われるもの、2) 調理の過程として食材を搗くことで、砕いたり細かくしたり粉末にしたりする、という二次的な目的、3) 火を通した食材などをより食べやすい形状にするための、いわば三次的な工程で生じる「食」を目的とした作業だろう。その分類でいえば、日本の餅つきなどは3) に該当する。また、2) の場合、アフリカでは類似するものとして、サドルカーン(石板)やまな板のような道具を用いることもあるが、要は、食材を「磨りつぶす」ことが目的とされる。これは、ひとが食品を「噛む」行為を補完する意味を含み、結果的に磨りつぶした食材・食料は「噛まずに飲む」ように済ますことができる、という機能を果たしているようだ。すなわち、小石などの混入物を誤って噛むというリスクを回避し、また、食後の消化を助けるという実用性も併せ持つとのことである。

以上のような、「搗く」という調理工程について、私が長年調査地としているアフリカ熱帯地域に位置するカメルーン南東部で暮らすバカ(Baka)・ピグミーの事例を通じて紹介してみよう。この地域では、1) に該当するような、脱穀するのが必要な作物を栽培する習慣がない。したがって、食材を「搗く」という過程は、2) か 3) のような、いずれも食材の加工や調理の際に行われている。

バカの言葉で、臼はkingili,杵はleleと呼ばれている。いずれも、森に生えている木を切り出したもので、素材や形状は様々である。ただ、この地域では概ね一辺の最長が50センチ以内のサイズであり、バカの人びとは座った姿勢で搗く作業をおこなう。この「搗く」作業は、ほとんど毎日みることができる。バカの食文化、調理の過程において臼と杵は欠かせない調理道具なのである。

とくに頻繁にみられるのは、キャッサバの若葉を搗く作業である。これは、もっとも多く食卓に登場する副食「ジャブカ(mjabuka)」の材料となる。また、同じキャッサバでも水にさらして毒抜きをした軟らかいイモの部分を搗いて繊維をほぐしたのち、ペースト状のキャッサバを粽(ちまき)にして包む様子も頻繁にみる。食感は名古屋名物の「ういろう」のようだが、毒抜きの際に生じた一種の発酵臭が鼻につく。でも、この臭さに慣れてしまうと、この臭さこそがたまらない「魅惑の主食」となる。また、同様に毒抜きをしたキャッサバを天日で乾燥させたものを搗いて粉末にすることで、「フフ(fufu)」とよばれる、一見、日本の蕎麦掻きのような料理の素を作ることもある。

【写真1】お昼下がりのお手伝い。乾燥したキャッサバを搗いて粉にするバカ・ピグミーの双子兄妹。
2010年・カメルーン共和国

その他の「搗く」という作業を観察してみると、畑で採取してきたアブラヤシの実を茹でたものを搗いて、可食部分から脂肪分を抽出することも行う。

【写真2】森のキャンプで採集した木の実を搗くバカ・ピグミーの老女。搗いた木の実は絶品のソースの材料となる。
2005年・カメルーン共和国

3) で記したような、日本の餅のような意味合いで食材を搗くこともある。蒸したプランテンバナナをしっかり搗いて、それを団子状にしたものは、単に蒸しただけのプランテンバナナとは異なり粘りが出て食べやすくなる。ひと手間かかるがそれだけの価値はあり、私の好物でもある。

しかし、バカ・ピグミーにとって「搗く」工程を経た料理で特筆すべきものがある。”mosabu na ya” と呼ばれるその料理は、「幻のゾウ」ともいわれる森林性のマルミミゾウを使った料理名を指す。森で獲ったマルミミゾウの大量の肉は、数日間かけて燻され、生肉の状態より少しでも日持ちするように加工される。その燻製肉を調理する際に肉の繊維をほぐし、食べやすくするために搗く作業が必須となる。近年では狩猟規制のために、バカ・ピグミーによる慣習的なマルミミゾウ狩猟は廃れてしまったので、今となってはまさに”幻の味”といわれる料理である。

【写真3】幻のゾウ肉料理、”mosabu na ya”の調理風景。搗いて、硬いゾウ肉の繊維をよくほぐしたのち、塩とトウガラシ、さらにゾウの内臓から採取した脂肪を混ぜて、鍋でサッと炒る。森のキャンプには香ばしい薫りが漂い、いま思い出しても涎が・・・。
2002年・カメルーン共和国