私はカメルーンの熱帯雨林に暮らす狩猟採集民バカ・ピグミーの研究をこれまで16年間ほど続けてきた。ここ数年は足が遠のいてしまっているが、20代前半から30代前半まではずいぶん多くの時間を森の民とともに過ごしてきた。アフリカと日本をいったりきたりする私に、友人のなかには「女性にとって人生の一番輝かしい時間をアフリカのそれも中央アフリカの奥地で狩猟採集民と過ごすなんて正気なの?人生は短いし、考え直した方がいいよ。」とまじめにアドバイスしてくれるものもいた。思い返せば、ことの発端は大学4年生のころである。自然と深くかかわりながら暮らしている先住民に関心を持っていた私は、さまざまな偶然が重なりあって、アフリカで狩猟採集民の研究をするために大学院進学を目指していた。親やゼミの先生から反対され、それに負けじとピグミー熱を燃え上がらせる日々を過ごしていた。
森のキャンプで過ごすバカ・ピグミー
ピグミーとは中央アフリカに暮らす狩猟採集民の総称で、森に強く依存した生活スタイルや歌と踊りを中核とした文化、集団のなかにヘッドを作らない平等主義を特徴としている。背が低く大きな目と横にやや広めの鼻、肉厚のある唇を持っている。受験勉強に疲れたら、周囲の雑音をかきけすようにピグミーのCDを聞き、絵本の世界から抜け出てきたようなピグミーと森を歩いている自分の姿を夢見た。まるで探検小説の主人公になったようなつもりで、森で出会うゾウやゴリラ、チンパンジーにヒョウ、カメレオンも想像した。度が過ぎたのか、下宿先の隣の部屋からは音量を下げるようにと苦情が出るようになり、愛想のよかった大家さんは恐ろしくなったのか、すれ違うことがあっても目を合わせてくれなくなった。個人的な人間関係で気持ちのすれ違いも生じ大学時代の恋は終わった。なつかしい私の青春時代である。
私が調査をしてきた狩猟採集民の社会では大学生はいない。大学生どころが、近代的な学校教育そのものがほとんど普及していない。私が大学生だったころと同じ年齢くらいのバカ・ピグミーの大半はすでに結婚しており、子どもが2,3人いるのがふつうである。子どもが2,3人もいるとなると、すでにずいぶん大人びているのではないかと思う人もいるかもしれないが、自分の感情を素直に出すことが多いため幼くみえる。悲しければ大声をあげて泣くし、楽しければ大いに笑う。腹が立てば、怒り狂い、女性は草ぶきの住居を燃やしてしまうこともある(燃やしても数時間でまた作ることができる)。しかし考えてみると、感情のコントロールをする、理性を持つということが大人であるという認識はあらゆる社会で普遍的なものではなく、感情を素直に出すからといって、バカ・ピグミーが子どもっぽいと言ってしまうのは乱暴な気がする。
バカ・ピグミーの若者はどのような夢を持っているのだろうか?貯蓄をしないその日暮らしの狩猟採集民は、未来への願望や意識がうすい。先のことを聞けば、たいてい「わからない」と答える。彼らから計画的な夢を聞くことは難しいが、日常のささいな願望はたくさん持っているようだ。願望は夢となって夜中にあらわれる。おそらく私がピグミー熱にうなされていた年齢と同じくらいであったEtooという女性は、夜見た夢についてこんなふうに語ってくれた。「月がこうこうと照る夜、草ぶきの家で寝ていると、ハチの羽音が聞こえてきた。この音をたよりに、森の道をすすむと、ハチの巣があったんだ。この木に登って、ハチミツを取り出して一人で食べた。とっても甘い、甘かったんだ。」これを聞いて私は、バカ・ピグミーのハチミツへの執念の強さと平等主義の裏側に隠れた葛藤をみた気がした。バカ・ピグミーはハチミツが大好きである。子どもから大人まで、ハチミツが嫌いという人はいない。たしかに、アフリカの森の豊かさを象徴するハチミツは美味である。多様な樹木が茂る熱帯林は蜜源となる花が豊富であり、クリーミーなものや、酸味のあるもの、濃厚なものや薄めのものなど、バラエティ豊かなハチミツがとれる。バカ・ピグミーがこのようなハチミツの虜になるのは、一緒に暮らしてみてよくわかったが、まさか夢にまであらわれるとは思わなかった。ハチミツの存在感の大きさには驚いてしまうが、もう一つ驚いたのは、Etooが一人で独占したと語ったことだった。バカ・ピグミーの社会は、シェアリングを基本とした社会である。食料は分配され道具類は共有され、社会の平等化がはかられる。平等主義の陰で、人々は独り占めしたいという欲望と絶え間なく闘っていたのである。狩猟採集民の若者が語ってくれた夢は、甘くてなんだかすっぱい。
ハチミツ採集に向かう男性