みんなのお母さん、アベニョン(カメルーン)

服部 志帆

カメルーンの森の民バカ・ピグミーの子どもたちの集まる場所がある。村で一番年をとっているおばあちゃん、アベニョンのところだ。子どもたちは、森の小鳥が大木の枝のうえでそっと羽を休めるように、アベニョンの小さな草ぶきの家を訪れては、家事をのんびりこなす彼女にまとわりついたり、マットの上に寝そべったりして、おもいおもいに過ごしている。アベニョンは訪れる子どもたちをとくに気にするふうでもなく、さりげなく子どもたちに料理を出してやったり、小さな手足にできた傷をみてやったりしている。

アベニョンと子ども

アベニョンには子どもがいない。物静かであるが、大きなゴリラを槍で倒したこともある優れたハンターの夫リャンコムと、14,5歳のころ結婚した。男の子2人と女の子1人を産んだが、いずれも子どものときに亡くなったという。バカ・ピグミーは生年月日を知らないので、正確な年齢はわからないが、推定年齢は55歳くらいであろう。大きな目と横に広がった鼻、分厚い唇のはりついたまるい顔には、いくつもの太いしわが刻みこまれている。彼女の少しすっとんきょうな声と、顔をくしゃくしゃにして笑う様子は、彼女が生まれたばかりの子どもたちを次々と亡くすという深い悲しみ経験しているようにはとうていみえない。

アベニョンには子どもがいないといったが、実際に子どもがいないわけではない。彼女は2番目の子どもを亡くしたばかりのころ、父と母に死に別れたマウェという女の子を引き取って育て始めた。アベニョンとマウェは実の親子ではないが、たいへん仲がいい。言い争っているのを見たことがなく、冗談を言い合いながら笑い合っている様子や互いに世話を焼き合っている姿をよくみかける。このような風景を見ると、人間が生きていくうえで、血のつながりとはどれほど意味を持つのかしらと思えてくる。

アベニョンはマウェの産んだ子ども、孫たちにとても慕われているおばあちゃんで、アベニョンのほうも孫たちのことを目に入れても痛くないというようにかわいがっている。まだよちよち歩きの子どもを、やさしく抱き上げては大切な宝ものをかかえるように抱いてやったり、自分が食べているバナナやキャッサバを手でちぎりわけてやったり、少年や少女たちのかわりに、私のところへやってきては、アクセサリーや服を所望する(私は調査のお手伝いのお礼として、アクセサリーや服をプレゼントしていたことがあった)。彼女が自分のために何かを私に依頼にくることは、ほとんどない。いつも、孫かその他の子どもたちのために、なにかをお願いにくるだけである。

アベニョンと子ども

アベニョンは孫だけでなく、それ以外の子どもたちにも優しい。そんなアベニョンは、バカ・ピグミーのあいだで「みんなのお母さん」と呼ばれている。彼女の家はいつでも子どもたちであふれていて、若々しい活気に満ちている。ようやく歩き始めたばかりの小さな子どもから、みずから狩りに出かけたり採集に出かけるようになった少年や少女までが、こまめに訪れてはアベニョンにちょっかいをかけたり、アベニョンの手が伸びてくるのを待っている。子どもたちに囲まれた彼女のにぎやかで安らかな生活を見ていると、彼女は実の子どもには恵まれなかったが、幸せであるのは間違いないとおもう。社会のなかで個の垣根がかぎりなく低く、それぞれが支えあいながら子育てや生活を送っているようなバカ・ピグミーの社会では、人は孤独を恐れながら、年老いていくことはないのだろう。わたしは、今後日本の社会でどのような生活を送っていくのかわからないが、子どもがいなくてもいても、アベニョンのようなお母さんになりたい。カメルーンの森で、こんな素敵なお母さんに出会ってしまったなら、年をとるのが怖いなどと言っていられない。