サバンナの給水車(カメルーン)《zèè/アフリカスイギュウ/ディー語)》

安田 章人

我々は、すぐに彼らの痕跡を見つけた。真新しい足跡と排泄物。どうやら、この小高い丘を登っているようだ。気づかれないように、そして臭いをかぎつけられないように、息を殺して風下から群れに近づく。丘を登り切ったとき、木々の聞から黒と赤茶色の巨体が垣間見えた。ライフルの射程内に入れるために、さらに近づく。ガイドの指示で、スペインから来た客は射撃体勢に入った。サバンナの静寂を切り裂く轟音。硝煙の臭い。黒い臣体を揺らし、オスのアフリカスイギュウは地面に倒れた。首を一発で撃ち抜かれたようだ。絶命したのを確かめるために、ガイドは倒れた獲物に石を投げつけた。石は身体に当たったがピクリとも動かなかった。それを確認すると、客とガイドは満面の笑みを浮かべ、がっちりと握手をした。そして、死体となったアフリカスイギュウを起こし体勢を整え、記念撮影をした。

これは、私が、カメルーン北部でスポーツハンティングに同行したときの様子である。スポーツハンティングとは、娯楽観光やトロフィー(角などの狩猟記念品)の獲得を目的とした狩猟である。アフリカ各地でおこなわれているこの観光活動は、地域社会に経済便益とともに、場所によっては生業活動の制限を課している。詳しくは拙著『護るために殺す? アフリカにおけるスポーツハンティングの「持続可能性」と地域社会』を参考にされたい。

アフリカスイギュウは、バッファローとも呼ばれ、スポーツハンティングの主な対象種の1つである。ハンターでもあった小説家のヘミングウェイは、その色と巨体から「黒い大型の給水車」と呼んだ。家畜のウシと似た顔からは想像できないかもしれないが、アフリカスイギュウがアフリカ随一のどう猛な野獣であると昔から言われている。植民地時代末期までケニアで狩猟ガイドを生業としていたJ.A.ハンター(まさに!という名前)は、アフリカスイギュウは、銃に尻込みをすることなく突進してくるため、狩りの終わりは、獲物が倒されるか、ハンターが倒されるかによって迎えられると述べている。そのうえ、アフリカスイギュウは、頭のよい動物とも言われている。手負いとなった個体は、逃げると見せかけてハンターを待ち伏せし、突然、反撃する。冒頭の文で、ガイドが石を投げつけたのは、絶命したと見せかけて反撃されるのを恐れていたためである。実際に、現地では、倒れたアフリカスイギュウに近づいたところ、角で上空に高く突き飛ばされ、殺されてしまったハンターがいた。

私が調査をおこなっていた村は、スポーツハンティングをおこなうための狩猟区のなかにあり、村に住む人びとは、ディーという農耕民である。農耕民であるからと言って、畑仕事ばかりしてるわけではない。彼らは、肉を手に入れるために、狩猟もおこなっている。図鑑の写真を見せ、「どの野生動物がおいしい?」と村人たちに聞くと、このアフリカスイギュウ(ディー語ではzèè/ゼーと呼ばれる)は必ず選ばれる(ちなみに、ヤマアラシも大人気)。そして、この地域には、年齢や性別などによって食べてはいけない動物が慣習的・宗教的に決められている(たとえば、カバ、サルの仲間、カメなどなど)。しかし、このアフリカスイギュウは誰でも食べることができるとされている。冒頭のハンティングに同行した私も、その場でおこぼれを頂戴し、村に持って帰ったのは言うまでもない。機会があれば(!)、是非、みなさんにもご賞味いただきたい。

サバンナの給水車