家族で漁に出る理由(カメルーン)

大石 高典

トントントン…。乾期が近づくと、村のあちこちで丸木舟を作る斧の音がするようになる。乾期に出かける漁の準備である。熱帯雨林の雨期は、長くて寒くて憂鬱だ。雨に降りこめられると、倒木を恐れて森に行くことも少ない。雨期のおかずは、肉も魚も少なく、単調になりがちだ。そんなじれったい雨期にも終わりが見えてくると、カメルーン東南部とコンゴ共和国の国境を流れるジャー川沿いの村々に住むバクウェレ人たちはそわそわしだす。毎年のように新しい丸木舟を作りかえるのは、舟の造りを競い、漁と家族サービスが大好きなお父さんたちだ(写真1)。

写真1:丸木舟作り
 

カメルーン東南部とコンゴ共和国の国境を流れるジャー・ンゴコ川(コンゴ川支流)沿い、そしてガボン共和国とコンゴ共和国の国境を流れるイビンド川(オグエ川支流)沿いに居住するバクウェレ人は、焼畑農耕民であるが、同時に河川漁労を得意とすることで有名である。数週間から1か月もかけて大きな丸木舟を作り、漁労キャンプに出掛けるのには理由がある。生まれたての赤ん坊や妊婦を含む、世帯の構成メンバーのほとんどに加え、料理バナナ、キャッサバ粉などの多量の農作物、鍋や寝具などの家財道具、あげくにニワトリ、ヤギまでを満載するからである。(写真2)このように、バクウェレ人の漁労の特徴は、家族で泊りがけの、それも時に2カ月を超える漁労採集行を行うことである。

写真2:川を漕ぎ上がる人びと
 

アフリカの漁労民と言うと、東アフリカ大湖地帯の湖や、西アフリカのサバンナの専業漁民が有名だが、熱帯雨林各地にも、森や川の生態を巧みに利用する漁労文化が人びとの生活に深く根付いている。森に棲む人びとの漁労活動の特徴は、多様な魚種(ジャー川流域だけで160種以上)や水棲動物を対象とした漁法の多様性(カメルーンのバクウェレ人だけで、25種類以上)にある。河川本流で行う成人男性中心の漁だけではなく、森林内を流れる小河川の水を堰き止めたり、森林内のみずたまりの水をかいぼりして中の魚をつかみ取る掻い出し漁など、女性やこどもの得意とする漁が含まれていて、参加者の多くはなんらかの漁で活躍できる(写真3)。

写真3:掻い出し漁を習う筆者
 

漁労キャンプの楽しみは、なんといっても、雨期の間がまんしていた魚を腹いっぱい食べられることにある。もちろん、バクウェレ人は漁労キャンプで獲った魚が余れば、燻製にして集落に持ち帰り、親族や知人に分配したり、町に持っていきおカネに換えたりする。したがって、連れていく家族や友人の数が多いほど、食べる魚が売る魚を侵食してゆくことになる。キャンプの中では、少しでも多くの魚を燻製にして持ち帰りたい者と、少しでも多く食べたい者の間で微妙な駆け引きが繰り広げられる。しかし、結局は食べることが抑制されることにはならないのである(写真4)。

写真4:大人数の漁労キャンプでの食事分配は大仕事
 

近年、熱帯雨林の河川には北カメルーンや西アフリカからの出稼ぎ漁民が増えている。バクウェレ人の多くは、新しい釣針や漁網をふんだんに購入するお金はなく、借金して漁具を揃える者も多い。何千本ものナイジェリア製の釣針や延べ数百メートルもの刺し網を仕込む彼らを横目に、バクウェレ人の父親たちは、馬耳東風として家族で漁をすること、言い換えれば、漁労キャンプでのコミュニケーションに価値を置いた漁労実践を守り続けている。

*カメルーンの熱帯雨林でのバクウェレ人の漁労活動の詳細については、次の動画(You Tube)と文献をご参照ください。
大石高典撮影 “How to Bail Water in Bailing Fishing (Water pool in Mainstream)”
大石高典(2010)「森の『バカンス』—カメルーン東南部熱帯雨林の農耕民バクウェレによる漁労実践を事例に—」,木村大治、北西功一(編)『森棲みの社会誌』pp. 97-128. 京都大学学術出版会.