森の民のおまじない(カメルーン)

服部 志帆

カメルーンの森に暮らす狩猟採集民バカ・ピグミーは、森の植物を材料にさまざまな種類の薬を作ります。薬は彼らの言葉で”マ(ma)”と呼ばれ、身体の病気に処方されるもののほかに儀礼や呪術、おまじないに使われるものなどがあります。バカ・ピグミーが患う身体の病気は、風邪や腹痛、頭痛など私たちがかかる病気と共通するものがたくさんあり、薬の種類も私たちのものと似ています。しかし、狩猟や採集を成功に導く儀礼薬やフクロウになって夜の森を飛び回る邪術師の呪いを避ける薬などは、私たちの社会ではあまりなじみのない薬です。また、日常生活におけるささやかな願望をもとに創り出されるおまじないもユニークなものが多く、ユーモアに満ちています。では、バカ・ピグミーのおまじないをいくつか紹介しながら、森の民の心の世界をのぞいてみましょう。

森で薬用植物を採集する女性

はにかみやのダパラ(中年女性)はジェファメ(jepame;Cercestis congensis サトイモ科)を「夜が早く明ける薬」にするといいます。ジェファメは葉がキツネの顔のような形をしており、首をかしげるように森の林床に生えています。この植物の茎を鼻にさして(バカ・ピグミーは鼻の内壁に穴をあけて、植物の茎をさしてアクセサリーにします)眠ると、朝が早く来るといいます。もし鼻に茎をさす穴がない場合は、葉をベットの下に置いておいてもいいそうです。バカ・ピグミーは歌と踊りが大好きです。日が沈み焚き火の炎が赤々と森の闇に映え始めると、村に太鼓の音が響き始めます。太鼓の音が聞こえない日は珍しいほど、毎夜のごとく彼らは歌い踊ります。ときに宴は深夜まで続くことがあり、そんな夜は宴が終わった後も明け方まで興奮がさめやみません。しかし、歌と踊りの行なわれない夜、村はたいへん静かです。ランプの明かりをたよりに本を読んでいると、わずかに聞こえてくるのは赤ちゃんのむずがる声やゴホッゴホッという咳払いだけ。この時ほど、森に響くハイラックスの鳴き声が恋しいことはありません。私はとても心細い気持ちになって寝袋の中にうずくまり、無理やり眼を閉じて朝を待ちます。そんな時はたいてい、体は疲れているはずなのに神経が冴えて眠れません。眼をあけて周りを見渡すと、そっと闇が忍び寄ってくるような気がします。不安にさいなまれそうです。ダパラは「夜はフクロウ(=呪術師)がやってきて、村に災いをもたらすんだよ」と言います。歌や踊りの行なわれない夜、彼女もまた底の知れない闇の深さに恐れを感じているのかもしれません。

狩猟のおまじない(鼻のアクセサリー)

子供思いで繊細なアゴレ(中年女性)は、ノコ・ウォノ(noko-wono; Justicia laxa キツネノマゴ科)を「学校でうまく答えられる薬」にするといいます。ノコ・ウォノは村から森に向かう小道ぞいにたくさん生えている植物で、落花生の葉に似ているという理由から「落花生のおじさん」と呼ばれています。この植物の葉を手のひらでつぶして子供たちの口のまわりに塗ると、子供たちが学校であてられた時にうまく答えられ、恥ずかしい思いをしなくてもいいといいます。私の通っているマレア・アンシアン村は、2001年に学校が出来ました。開校後1週間、子供たちは毎日のように学校に通っていたのですが、10日もしないうちに誰も学校に行かないようになりました。それもそのはず、バカ・ピグミーの子供たちは学校ではたいへんな「おちこぼれ」なのです。同じ地域で暮らしている農耕民コナベンベの子供たちは、カメルーンの公用語であるフランス語をある程度理解するのに対して、バカ・ピグミーの子供たちはほとんど理解しません。フランス語の授業の行なわれている様子を見学に行ったとき、農耕民の子供たちが先生に当てられてきちんと答えているのに対して、バカ・ピグミーの子供たちはうまく答えられずうつむいていました。フランス語の授業に限らずバカ・ピグミーの子供たちは他の教科も苦手のようで、学校からどんどんと足が遠のいていったのでしょう。アゴレは学校で恥ずかしい思いをしている子供たちのことを気遣って、「学校でうまく答えられる薬」を作ったのでしょう。薬の効果はいかに?残念ながら、効果を確かめる間もなく、マレア・アンシアン村の学校は先生が病気になったために閉校してしまいました。

「若い頃はファリ(fali; Desmodium adscendens マメ科)のおかげで私に恋する男が絶えなかったのよ」。モボリ(高年女性)はいたずらっこのような笑みを浮かべながら言います。ファリは村や森に向かう小道に生えている植物で、うす紫色の美しい花をつけます。この植物の花を手のひらでつぶしてヤシ油をまぜたものを体に塗ると、意中の男性の心をいとめることができるそうです。モボリの孫のケレブンはモボリにこの薬を教わってから、時々体に塗っていました。私にも奨めてくれましたが、「私が村で恋に落ちて日本に帰らなくなったら両親が悲しむでしょう」と言って断ると、にっこりと笑って納得してくれました。ケレブンが想いを寄せるのは、クンダという背の高いハイカラな青年です。バカ・ピグミーは平均身長が150センチメートルほどの小柄な人々ですが、クンダは165センチメートルくらいあります。また、クンダは男性ではめずらしく商人から購入したピアスを耳につけています。ピアスに限らず商人の持ってくるサンダルやカセットデッキなどに強い関心を持っていますが、森の動物や植物についても詳しく、道具や薬になる植物について語る時はなかなか饒舌です。女性に人気があるようで、クンダに焦がれる女性は少なくないだとか。ケレブンの恋の行方はどうなったんだろうと思っていたところ、モボリからケレブンとクンダが結婚することになったことを聞きました。モボリと私は思わず声をそろえて言いました。「ファリのおかげね」。

恋する女性の薬になるファリ

バカ・ピグミーのおまじないの一部を紹介しました。このようなおまじないはバカ・ピグミーの悩み、願望、不安、恐れから生み出され、彼らの心の世界を垣間見せてくれます。今回は、夜の闇への恐れ、子供への心くばり、恋心に関するおまじないを紹介しましたが、バカ・ピグミーのおまじないの種類は豊富で、彼らの心の世界はアフリカの森のようにずっと深く広がっているのです。