手間暇かけて(カメルーン)

塩谷 暁代

庭の梅が少しずつ大きくなってきたよ、と息子が言いに来た。彼は、梅干しが大好きだ。今年も庭の梅が梅干しになる日を心待ちにしている。昨年は25キロの梅がとれた。その梅干しはもうない。息子が遊びに来る友達に「おもてなし」として振る舞い、あっという間に壺はカラになった。

梅仕事は、梅を収穫して下処理することから始まる。下処理といっても、梅を傷つけないようにやさしく、丁寧に梅のなり口をとるくらいのものだ。梅をひとつ一つ手に取り、その“顔”に応じて、梅干しにするかジュースや梅酒にするかを選別する。その後は塩または糖類や酒に漬けて、あとは時間に任せる。手間をかけた後は、時間が仕事をしてくれるのだ。

 

手間をかけ、あとは時間任せの手仕事、カメルーン東部の村でみたのはヤシ仕事だった。

 

「ちょっと寄って行けよ!」村を貫く国道を歩く間に、何度も声がかかる。その声に誘われて村人が集まるハンガーに行ったら何が起こるか、わたしは知っている。ヤシ酒だ。ヤシ酒が振る舞われ、それを飲んだわたしがヤシ酒を振る舞い、それを飲んだ村人がヤシ酒を返し、それをわたしがまた・・・。

ヤシの葉をふいた屋根の下に竹でつくったベンチがある“ハンガー”は、雨をしのぐだけの簡素な作りだ。家の前につくられたハンガーは、その家庭の“サロン”であり、村の人びとの社交場である。壁もなく屋根しかないのだから、どの家のハンガーも出入り自由の、開かれた場所だ。そのハンガーにつきものなのが、ヤシ酒である。乳白色の液体は、一見するとカルピスのよう。村人は、老若男女を問わずヤシ酒が大好きだ。

ハンガーや定期市でヤシ酒を楽しむ。

ヤシ酒は、ヤシからとれる樹液を自然発酵させた酒だ。ヤシと一言で言っても、ココヤシ、アブラヤシ、ラフィアヤシ、サゴヤシ、ナツメヤシ・・・ヤシにはいくつもの種類があり、様ざまに利用される。わたしの暮らす村では、アブラヤシからヤシ酒がつくられる。「つくられる」と言っても、それは機械で作り出すのではない。ではどのように?ヤシ酒をとりに行く、という友人に同行してみた。

山刀を肩にした友人ふたりの後をついて、ヤシ酒を「とりに」森のなかに入っていく。ふたりはすでに目をつけておいたヤシにたどり着くと、周囲の草や絡みついたツタを切り払い、おもむろに山刀でヤシの根元を打ちつけ始めた。土から盛り上がった無数の根を切り、ヤシの大木を掘り出していく作業だ。ふたりは無言のまま山刀を振るい、土を掻き出してはまた、細かな根を断ち切っていく。40分ほど、苦闘はつづいた。ヤシの大木は、ゆっくり倒れた。

アブラヤシの根を山刀で切っていく。根は無数に生えている。

今度は枝葉の生えている部分を山刀で切り落としていく。ときどき山刀を研ぎながら、何度も山刀を振り下ろす。やっとむき出しになったヤシの幹にポリタンクをつけて、作業は終わった。村を出てから数時間が過ぎていた。あとは、ヤシの幹から出る液体がゆっくりとポリタンクに滴り集まるのを待つばかりだ。時間がヤシの樹液を酒に変えてくれる。「明日の朝、とりにくるよ」と友人は言った。待つのも仕事のうちだ。

幹に樹液を集めるポリタンクをくくりつける

朝、ハンガーに運ばれてきたヤシ酒は、まだほんのり甘くてジュースのようだ。これは「女性が飲むヤシ酒」と村人は言う。ヤシの樹液に誘われて、たくさんの昆虫がヤシ酒に浮いている。これをフーフーッと息でよけながら飲むのがコツだ。時間とともに発酵がすすむと、甘さがなくなるとともにアルコール度数があがる。これは「男性が飲むヤシ酒」と言われる。村人が「ちょっと寄っていけ」と声をかける午後、それはもう立派な「酒」となっている。

村のやりとりに使われる「ヤシ酒単位」は、1Lのプラスチックコップである。おしゃべりをしながら1Lのヤシ酒を飲むあいだにも、無言の作法がある。他の人びとの「飲むペース」に合わせることだ。一人だけ先に飲み干してはいけないし、人より遅くてもいけない。ご馳走された酒を飲み終わっていないのに、その場を立ち去ってもいけない。村の「ヤシ酒時間」は、延々と続く。

ヤシ酒は、ハンガーで交わされるおしゃべりを盛り上げるだけではない。村で開かれる定期市ではヤシ酒が売られ、大切な現金収入源となる。畑の開墾などで共同労働をおこなう時も、ヤシ酒は欠かせない。喉の渇きをいやし、労働意欲を盛り立てるために、畑の持ち主はヤシ酒を用意する。畑仕事の合間に飲むヤシ酒の味は、格別だ。結婚の儀では、ヤシ酒を酌み交わすことで婚姻関係が成立したとされる。

ある日、ハンガーで行き会った友人が泣いていた。胸には大きなヒョウタンを抱えている。どうやら酔っぱらっているようだ。彼はヒョウタンをゆすりながら言った。「俺は今、無性に嬉しい。なぜだかわかるか?このヒョウタンを見ろ。このなかには、この村の村長からもらったヤシ酒が入っているんだ。村長が自分でつくったヒョウタンに自分でとってきたヤシ酒を入れて、俺にくれた。誰もがもらえるものじゃない。俺は誇らしい。だから俺は今、酔っぱらっているんだ」。

 

どうやらヤシ酒には、「酒」以上の効用があるらしい。それは、人の心を楽しくするだけでなく、人と人をつなげる。労働をうながす。関係性を表す象徴にもなる。ヤシ酒は、人の手と時間によってつくられる。そういえば、人間関係もまさに手間と時間を必要とするものだ。こればかりは、機械におまかせすることも、大量生産をもくろむこともできない、人びとの「手」による仕事だ。その名わき役が、ヤシ酒であり、我が息子にとっては梅干しなのだろう。