干し肉、干し木の実、干しスイカ:保存するほどたくさんあるのなら…(ボツワナ)

丸山 淳子

照りつける太陽が、白い砂をじりじりと焼いている。ときおり吹く乾いた風が、黄ばんだ草をそよがす。カラハリ砂漠の長い乾季がやってきた。日中の暑さと乾燥に、私はうんざりして、木陰で休んでばかりだ。でもこの太陽と風こそが、食べ物をおいしく保存するために欠かせない存在だ。この地域に暮らすブッシュマンは、原野でとれる野生動物の肉にも、木の実やスイカにも、たっぷりと太陽の光を浴びさせて、その旨みをギュッと閉じ込め、そして長持ちさせてきた。そうやって丁寧に干された肉や果物は数か月、ときには数年も保つという。

それなのに、さっきから母さんは、この家で一番大きな鍋を持ち出し、干し肉をどんどん放り込んでいる。これが全部煮えても、この家に住んでいる私たちだけではとても食べきれない。また、親戚や近所の人に配ることになるのだろう。鍋の周りを囲んだ私たちにも、母さんは、干し肉をちぎって渡してくれる。みな、思い思いにたき火であぶりながら、それを口にし、噂話に花を咲かせている。やがて笑い声を聞きつけて集まってきた人たちにも、干し肉は手渡される。いつも親しくしているおばさんがやってきたときには、その場では食べきれないほどの干し肉の大きな束を無造作に渡した。おばさんはそれを皮の風呂敷にくるんで、持ち帰っていった。そうしているあいだに、1年でも保つはずの干し肉は瞬く間になくなった。

そういえば、木の実のときも、そうだった。集落から少し離れて、原野の奥深くに住んでいる人びとを訪ねたときのこと。周囲には、コムという名の赤く小さな木の実がたくさん実っていた。この実の採集が目的でこの地に居を構えたというおばさんたちが、毎日、暑いさなかに採集に出かけては、もちかえったコムの実を、敷物のうえに並べて干していた。つやつやしたコムの実は、2,3日干せば、表面に皺が寄る。「こうなってくると、甘みがうんと増すのよ」と、おばさんが教えてくれる。「もうすぐコムの季節は終わるでしょ?でもね、こうやって干したコムの実はいつまでも保つのよ。季節が変わっても、私たちは袋いっぱいに詰めたコムを食べ続けられるのよ」。そうやって自慢したおばさんたちは、私たちが帰ろうとすると、惜しげもなく、十分に干されたコムの実を大量に持たせてくれた。おばさんたちが次の季節に食べるはずだったコムの実を、私たちは帰り道に食べつくしてしまった。

【写真1】 コムの実

スイカが豊作だった年も、同じだった。スイカがたくさん実ると、その実を薄くスライスして、木の枝にひっかけて干しスイカをつくるのは、むかしからの彼らの知恵だ。洗濯物のようにひらひらしているスイカの様子は、すこしユーモラスで、そしてその年の豊作を象徴していて、見ていると自然と笑みがこぼれる。だけど、山のように積まれたスイカのうち、干しスイカになるのは、ほんの少しだけだ。たくさんとれたスイカを全部ちゃんと干しておけば、いつか必ずやってくる干ばつの年に困ったりしないのに、と私が思っている端から、訪ねてきた人たちが、当然のようにスイカをねだっていく。大きなスイカを二つも三つも抱えて帰っていく人たちは、帰宅後すぐに大なべでスイカをつかったお粥をつくるだろう。季節が変わるころ、残るのは、きっとほんの少しの干しスイカだけだ。

【写真2】 スイカ

ブッシュマンのように狩猟や採集を営んできた社会では、食べ物はすぐに消費されてしまって、長く保存したり,貯めこんだりすることが少ないといわれている。でも、それは保存の技術や知恵をもっていないからではない。実際、ブッシュマンは肉やスイカをどんなふうに切れば、長持ちするように干すことができるか、どんなところに並べておけば、おいしく干すことができるか、豊富な知識を蓄積している。そうやって、はるか昔から、たくさんとれた食べ物を、丁寧に干してきたのだという。

それでも、しばらくは蓄えておけるかもしれない食べ物を、彼らが本当に誰にも分けずに、長い間とっておくなんてことはめったにない。保存するほどたくさんあるのなら、それを食べたい人と分かち合って、なにがいけないのだろう。そうこうしているうちに、あんなにたくさんあった食べ物がなくなったとしても、また季節がくれば、そして運がよければ、野生動物をしとめることも、木の実やスイカを得ることもできるはずだ。自然は、いつだって食べ物を与えてくれる。こうして、いつまでも保つはずだった干した食べものは、結局はあっという間に、ブッシュマンの手から手へと渡され、そのおなかに消えていく。

「ぜんぶ、あげちゃうのね」とつぶやいた私に、たくさん並べたお皿によく煮えた肉をよそいながら、母さんはこともなげに返した。「あら、この干し肉、私だって、姪の夫からもらってきたのよ。彼は狩りの名手よ。また彼に分けてもらえばいいわよ」。そして山盛りの肉をよそった皿を私に渡して笑顔で言った。「食べきれない分は、誰かに分けてあげるのよ」。

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日本とアフリカに暮らす人びとが、それぞれの生き方や社会のあり方を見直すきっかけをつくるNPO法人「アフリック・アフリカ」です。