豊かな乾燥保存の世界(タンザニア)

八塚 春名

タンザニア中央部の乾いた大地。ドドマ州には、ロの字型の土壁に、平たい屋根が載った家々が建ち並ぶ。ここに暮らすサンダウェという人たちの村では、平らな屋根の上でさまざまな食べ物が干され、保存されている。私が住みこんでいた家の母さんは、ある日、そんな屋根のことを「私たちの冷蔵庫」と表現した。生の食材を屋根の上で天日に干して乾燥させることで、傷めることなく保存できるというわけだ。村に電気も冷蔵庫はないけれど、カラカラに乾いた空気と、燦々と降り注ぐ太陽なら、十分すぎるくらいにある。


【写真1】 屋根の上の「冷蔵庫」。ここでは、木の実、穀物、スイカなどさまざまものが干され、保存されている。

 

この地域は、1年間に降る雨が600〜700mmだけという半乾燥地帯である。11月頃から始まる雨季は5月には終わり、その後は一度も雨の降らない乾季に季節になる。植物の多くは雨季に葉をつけ、キノコも雨季に出てくる。そして乾季に入ると、それらはすっかり姿を消してしまう。多くのものは雨季にしか手に入らないのだ。だからこそ、雨季のあいだに収穫し、屋根の上で乾燥させてから保存することは、長い乾季を乗り切るために、とても大事なことだ。

「冷蔵庫」ではさまざまなものが干される。スイカの仲間は薄く切り、肉は細長く切り、キノコは小さく切り、ササゲの葉は一度手で揉んで柔らかくしてから、イモムシはゆでてから、野生植物の果実はそのままに、それぞれに適したやり方で干す。しかし、何といっても、雨季のあいだにもっとも多く家で干されているものは、ゴマ科の一年生草本であるカンカサ (Ceratotheca sesamoides) の葉だ。これはほんとうに、おいしい。


【写真2】 キノコを干す

 

村の食生活は採集したものだけで成り立っているわけではない。しかし、カラカラであることは、農作業をしばしば困難にし、村では、おかずになるマメや葉菜の栽培は非常に小規模で、とくに乾季には、お金を払って売店で買う以外に手に入れる手段はほとんどない。そんな彼らにとって、保存してあるカンカサの乾燥葉は貴重な食料で、「毎日同じものを食べるのはよくない」といいながらも、乾季の食事の2回に1回がカンカサの乾燥葉になっている。

乾燥食品にも賞味期限が書かれているように、彼らが作る乾燥物も、年月が経つと味は落ちる。今年のものか、去年のものか、あるいはもっと昔のものか、私たちが米の新古にこだわるように、とくに、カンカサの新古には彼らもこだわり、見極めることができる。「調理をしたら少し赤くなった」「味が変」「においが変」などと、古いものの違いを指摘し、「おいしくない」と愚痴をいう。ある年の乾季のど真ん中、母さんのカンカサ乾燥葉はもう底をついていた。そんな時、隣村の青年が、大きな袋に乾燥葉をたくさん入れて販売にきた。カンカサが大好きな私は、居合わせた友人レジナの分と合わせて購入した。今日はカンカサが食べられると大喜びで母さんに葉を渡したが、その葉を見た母さんは「これは古い葉よ、ほら、少し赤いじゃない、きっとあまりおいしくないわ、ちゃんと見ないとだめよ」「カンカサは、今年とって干したものが一番おいしいのよ」と、何もわかっていない私を諭すように言った。実際にその日の夜に母さんが調理してくれたカンカサは、たしかに本来のおいしさを欠いていた。 私には食べるまでわからなくても、母さんは見ただけでそれが新しい葉かどうかがわかる。まだハタチの親友レジナも、私と同じように葉の見た目だけではわからず、食べて始めてその葉が古いことに気付いたという。 母さんみたいに村で何十年も毎年、カンカサを採集しては干し、利用し続けてきたベテランには、カンカサの新古を見極めるのは、朝飯前というわけだ。


【写真3】 カンカサを干す

 

私は2年間のタンザニア滞在中に、「ドドマはカラカラで砂埃がひどいじゃないか。タンザニアにはもっといいところがたくさんあるのに、君はなんであんなカラカラなところへ行くんだ?」と、ほかならぬタンザニアの人びとに何度も尋ねられた。でも、カラカラであることが、豊かな乾燥保存の世界を創りあげる背景ならば、カラカラだって悪くない。