夢の場所で現実と向き合う:ゾウプロ訪問記⑦(最終回)

松浦 直毅

私がアフリカでの研究を志した大きな理由は、アフリカの自然や野生動物に憧れたからであり、それには子どものころに観た動物番組が強く影響している。セレンゲティは、そうした動物番組の舞台そのものであり、私にとって一度は訪問したいと願いつづけていた夢の場所であった。2023年夏、積年の想いがかなってセレンゲティを訪れることができた。画面のなかではなく実際に目の当たりにする自然の光景は圧倒的で、つぎつぎに現れるさまざまな野生動物に心をうばわれ、とめどなく感動がわきあがる夢のような時間を過ごした。なかでもゾウの存在感はきわだっており、水辺でのんびりくつろいでいる親子の様子や、列をなして悠然と平原を闊歩する群れの姿は、最も印象に残った光景として目に焼きついている。

水辺のゾウ

 

一方でセレンゲティは、ゾウをはじめとする野生動物と地域住民が深刻に対立する場でもある。動物番組には描かれないが、動物の楽園のかたわらにはふつうの人々の日常生活があり、かれらはゾウによる畑荒らしの被害にさいなまれながら、生活を守るために日々格闘をつづけている。このような状況については、岩井さんの文章やお話で何度も読んだり聞いたりしており、くわしく理解していたつもりだったが、実際に現場を訪れてみて、その深刻さを文字どおり肌で感じることになった。岩井さんの映像で観たゾウ追い払いのシーンのまさにその場所に立ち、日常的に利用されていることがわかる生活感のある見張り小屋に入り、ゾウを威嚇する鳴り物につめるために火薬を削り取ったたくさんのマッチの残骸を見るにつけて、ゾウとの闘いという現実がまざまざと感じられた。なにより、そうした闘いの当事者である村の方々と直接会えたことによって、彼らに対する親近感がぐっと増すとともに、問題をわがことのように受け止めるにいたった。岩井さんから何度も話を聞いてきたためか、私自身もタンザニアの別の場所で調査しているためか、初対面に思えないような人たちがたくさんいて、自分も「アフリカゾウと生きるプロジェクト」の一員であるように感じられた。

見張り小屋

 

セレンゲティの人々に親近感をもつことができたのは、私もガボンの調査地で、ゾウによる被害に立ち向かう人々の調査をしているからでもある。豊かな自然環境のなかで数多くの野生動物が暮らしている点、それによって人と野生動物のあつれきが高まっており、とりわけゾウによる畑被害が深刻である点、にもかかわらず、政府や国際機関による支援や補償は十分でない点は、ガボンの調査地も共通している。そして、そのために人々は、肉体的にも精神的にも大きな負担をおいながら自助努力によって対策を講じている点も同様である。ガボンの調査地では、ゾウによる被害を食い止めるためにほとんどの人がほぼ毎日畑に泊まり込む生活を送っており、ゾウがやってきたらその都度追い払うことで畑を守っている。ゾウは昼夜を問わずやってくるが、とくに夜中に出没することが多く、いつ襲われるかわからないなかで、安心して眠ることができない生活は、大きなストレスであるにちがいない。いちど追い払ってもそれで来なくなるわけではなく、ゾウは繰り返しあらわれる。けっして解決されることなく、いつまでも問題がつづくことに対する人々の徒労感は計り知れない。それでも力を合わせ身体を張って、ゾウによる獣害の問題に立ち向かっているセレンゲティの人々をガボンの調査地の人々と重ね合わせて、共感を抱くとともに励まされる思いだった。

だが、ゾウと対峙する生活の現実はあまりにも厳しい。滞在中、追い払いの最中にゾウに襲われて命を落としたのご遺族と面会する機会があったが、かけられる言葉もなく、残されたまだ幼い子どもたちの顔を直視することもできなかった。こうしてあなたたちが来てくれて本当にありがたい、と私たちへの感謝を述べるピーターさんのご遺族の気丈さに胸を打たれる一方で、ゾウと共存することの困難さをあらためて思い知らされた。野生動物は、大きな感動と興奮を与えてくれるだけでなく、怒りや絶望をもたらす存在でもある。ゾウの美しさに魅了されることとゾウの恐ろしさに戦慄することの両方をいちどに体験して、その落差に私は、やり場のない気持ちを抱かずにはいられなかった。

そうした沈んだ私の想いを前向きに変えてくれたのも村の人々だった。ほかのメンバーの報告にもあるように、村の人々は最大級の歓待で迎えてくれて、熱心なようすで、またときにはユーモアもまじえて、追い払い活動の説明を聞かせてくれた。アフリックから贈呈した支援物品に対して人々はとても感謝してくれていたが、感謝するのはむしろ、心づくしの歓待をしてもらった私たちの方であり、多くのことを学び、おおいに励まされたのも私たちの方だったように思う。贈呈式では、アフリックの代表として私があいさつをさせてもらったが、歓待への感謝の言葉、ピーターさんへの追悼のあと、「これからもプロジェクトをつづけていきましょう。私たちはみなさんともにあります。(Tuendelee mradi yetu. Tuko pamoja.)」としめくくった。アフリックは今年20周年を迎えたが、困難な現実に直面する現地の人々に寄り添って一緒に歩むという基本姿勢をこれからも大切にしたいと想いを新たにした。

贈呈式のようす

 

子どものころから憧れた夢の場所への旅は、そのとおり数々の夢のような体験を味わうとともに、夢ばかり見るわけにはけっしていかない厳しい現実に向き合う機会になった。しかし、そうした現実のなかで私は、現地の人々とかかわりつづけることの大切さを再認識し、アフリックで仲間たちと活動することの意義や楽しさを深く実感した。夢の場所で現実と向き合うことを通じていま私が夢に描いている場所は、動物だけが暮らす「動物の楽園」ではなく、人々も動物も豊かな暮らしを営む、人と動物が共存する世界である。そうした夢をもちながら、これからも現実を見すえ、みんなで力を合わせ歩みつづけていければと思う。

贈呈式のようす(撮影・編集:西﨑伸子)