30秒の悲劇:ゾウに襲われた追い払い隊リーダー

岩井雪乃

2023年は、4-9月の半年間、セレンゲティのゾウプロ活動地に長期間滞在できました(職場から特別研究期間を取得)。例年は1-2週間の短期滞在で、8月の乾季に行くことが多く、すでに収穫が終わっています。多くのゾウ襲撃事例は、話に聞いて想像するしかできませんでした。それが今回は、ゾウを追い払う現場を自分で数多く体験できました。ゾウがもっとも頻繁に村に来る収穫期(4-7月)に、追い払い隊のみんなと昼も夜も一緒に行動して、ゾウがどれほど村に来るのか、どのようにパトロールするのか、より深く理解することができました。

ゾウを追い払う村びと

そして、その中で、悲しい出来事も経験することになってしまいました。追い払い隊のリーダーであるピーターが、ゾウに襲われ、殺されてしまったのです。

人がゾウに殺されていることは聞いていました。被害者の葬儀に参列したこともありました。残された被害者家族の悲しみに触れ、怒りと悔しさを感じてきました。そしてとうとう、私自身も大切な仲間を失う立場になってしまいました。話には聞いていても、自分や仲間には起こらないだろうと、どこかで思っていたのだと思います。できることなら、こんな経験はしたくなかったです。でも、起こってしまった。ならば、しっかり伝えていくことが、私にできることなのだと思っています。

それは、2023年6月の出来事でした。この時期は、トウモロコシや米など、主要作物の収穫期でした。毎晩ゾウがやってきていましたが、その日は、なんと朝7時になっても、20頭ものゾウが村の中に居残っていたのです。私は、ピーターのバイクのうしろに乗せてもらって、一緒に追い払いに行きました。バイク隊と徒歩隊で連携して、なんとかゾウを保護区へ追い返しました。私たちの村では、追い払いに成功しました。

午後2時ごろになって、隣村の追い払い隊から応援要請の電話がきました。そちらの村でも朝から数10頭のゾウが畑にいて、追い払ったものの、1頭だけが残ってしまい、いまだにトウモロコシ畑にいるというのです。ピーターを含めて私たちは、応援に向かいました。

ピーターを襲ったゾウ

問題のゾウは、トウモロコシ畑の中にいました。朝からずっと人間に追い回されて、疲れて気が立っていました。村人たちは、政府の野生動物局に電話していましたが、専門の職員は現れませんでした。村の中なので、もちろん民家があって、人々がいるので危険です。なんとかゾウを保護区に返そうと、ピーターたちは現地の人々と合流して作戦を開始しました。いつもやっているように、ゾウをV字隊形で取り囲み、爆音機で脅かして保護区へ追い返すのです。

木の下でじっとしているゾウを取り囲もうと、じわじわと近づいた時、突然ゾウがくるりと振り返り、ピーターめがけて走ってきました。ピーターは必死に逃げましたが、ゾウの速さにかなうはずもありません。ゾウは、転んで倒れたピーターを牙で3回刺し、駆けつけた仲間の爆音機の音に驚いて走り去っていきました。ゾウがピーターに走り寄って走り去るまで、30秒ほどのあっという間の出来事でした。

私はこの時、離れて見ているように言われて畑の外にいました。トウモロコシの丈が高く、ゾウの背中が少し見えるだけで、人は見えませんでした。ゾウが走っていくのは見えたものの、何が起こっているのかさっぱりわかりませんでした。畑の中からピーターが運び出されてきて、何が起こったかを理解しました。その瞬間、周囲の景色が、これまでいた世界とはまったく違う世界に感じられました。暗い影がどこまでも伸びて、一生消えることはないと感じました。たった30秒間で、私にとっての世界が変わってしまいました。

ピーターの葬儀

このような衝撃は、もちろん私よりも、現地の人々の方がより大きかったでしょう。一緒に追い払いをやってきた仲間たちも、大きなショックを受けました。ゾウへの恐怖が高まり、追い払いの士気が下がりました。当然のことだと思います。改めて、追い払いが死と隣り合わせの危険な活動であることを、みんなが認識しました。そして、ピーターの家族。一緒に暮らしてきたお母さん、奥さん、2人の幼い子供たちは、突然、ピーターがいない世界に生きることになってしまいました。どれほどの絶望感でしょうか・・・

私は何をすべきなのか、これまで以上に突きつけられます。ピーターの家族に寄り添いながら、追い払い隊のみんなを支援しながら、できることをやっていきたいと思います。