岩井 雪乃
タンザニアのセレンゲティ国立公園周辺に暮らす農民は、アフリカゾウが村に入ってきて畑を荒らして、生活をおびやかされている。かれらが畑からゾウを追い払うために使っている秘密兵器は、「爆音器」である。先端に火薬をつめて、それを爆発させると「ドゴーーン」という銃声のような大きな爆音が鳴る。これを、ゾウになるべく近づいて鳴らすと、ゾウは驚いてあわてて逃げていく。この器具は、農民たちが、外部の援助を受けずに、身の回りにある素材を使って自力で開発したものだ。彼らの発想力と応用力に富んだ、涙ぐましい開発物語をお伝えしたい。
この器具を、人びとは「バローティ」と呼んでいる。銃声音がするため、英語のbullet(銃弾)がスワヒリ語風になまって「バローティ」になったのだ。バローティは、ゾウを追い払う際の、最後の頼みの綱になっている。本物の銃でゾウを脅かすと、密猟者あつかいされて警察に逮捕されてしまうので、銃は追い払いに使えない(かれらは畑を守りたいだけなのに、ひどい話しである。その一方で、警察や動物保護官は、ゾウを追い払って畑を守ることはしてくれない)。そこで農民は、別の道具を使ってなんとかしなければならない。バローティが開発される2016年以前は、バケツをたたいたり、懐中電灯で照らしたりする方法しかなかった。そして、その程度ではちっともゾウは怖がってくれず、追い払うこともできないし、ゾウが自分の方に向かってきた時に身を守ることもできなかった。それでも、ゾウから生活と畑を守るためには立ち向かわなければならず、恐怖と死と隣り合わせの追い払いだった。
バローティの先端部には、金属でできた半球体を使っている。これは、現地の建築現場で使う水平器を転用しているのだ。タンザニアの農村で使われる水平器は、日本で使うものとはだいぶ違う。(写真を用意できなかったが)手のひらに納まるサイズで、球体を半分に切った形をしており、断面の中央に1cmほどの深さのくぼみがある。そのくぼみに火薬をつめて、その穴に金属棒を刺し、棒を強く押すと発火して爆発する仕組みになっている。この「水平器のくぼみに火薬をつめて爆発させてみよう」と発想をしたのは、若手農民のチョリだった。チョリが水平器爆音器を使い始めると、他の農民たちもまねして使いはじめた。ただ、初期のタイプは、手に水平器を直接握って爆発させていたため、ある日チョリは指を火傷してしまった。
そこで、もっと安全に使うにはどうしたらいいか考えて、60cmほどの柄をつけることにした。溶接職人のところに水平器と金属棒をもっていって接続してもらった。持ちやすいように、すべり止めのゴムひもを巻きつければ完成だ。
チョリの体を張った試行錯誤とアイデアで、爆音器は開発された。これなら、現地で入手できる材料で、1本700円で作成できる。ただし、まだ改良の余地はある。第一に、つめる火薬の調達方法だ。タンザニアの農村部で火薬を簡単に入手する方法、それは、マッチなのである。ゾウ追い払いチームのメンバーは、毎日毎日、パトロールに出発する前に「マッチの頭部から火薬をこそぎ取る」という作業をしなければならない。毎回30箱1000本のマッチから火薬を取るのだ。この作業は、余裕をもって事前にやることもできない。火薬はすぐに湿気ってしまうため、こそぎ取ったら翌日までには使わなければならない。ゾウが来ない日に作ってしまったら、費用も労力も無駄になってしまう。はじめから粉の状態の火薬を買えないか調べたが、200kmも離れた大きな町で、それも特別な許可を得ないと買うことができないことがわかった。今のところ、この作業は続けなければならない。
第二の課題は、農民の耳への爆音の負荷である。ゾウが恐れるほどの爆音を、もっとも近くで聴かなければならない。鼓膜へのダメージが大きいことは想像できるだろう。試しに日本の小さな耳栓を提供してみたら、そんなものでもたいへん喜んでいた。しかし実際の現場では、爆音器を使うときは耳栓がほしいが、それ以外の時は、ゾウの気配や動きを暗闇の中で察知するために、耳をすまして聴き取らなくてはならない。耳栓をもち歩き、走って追いかけている最中につけたり取ったりするのは、かなりめんどうな作業だ。ゾウの急な動きに対応して爆音器を鳴らすときには間に合わない。
日本の獣害対策では、害獣を威嚇するためにロケット花火がよく使われる。これは、使用者の体から離れたところで爆発するし、対象動物に至近距離まで接近しなくてもいいので、耳にも安全にも良い。隣の村では、ドイツNGOが大型ロケット花火をゾウ対策に提供したことがあった。村人たちは、安全にゾウを追い払えると、たいへん喜んだ。実際にゾウはすみやかに逃げてくれて、効果も大きかった。しかし、この花火は1発1000円もする。毎日10発は必要だし、ゾウの数が多ければ数10発必要な日もある。そのような高価な対策は、農作物収入で賄えるものではなく、とうてい村の人たちにはできない。爆音器なら、1発はマッチ1箱で5円で買える。
このように、セレンゲティの農民たちは、外部の力に頼らずに自分たちで創意工夫を重ねて、現地で調達できる自分たちで買える材料を使って、毎日ゾウに立ち向かっている。ゾウを保護したい国際NGOは、追い払いにドローンを使うことを試している。ドローンの音で脅かしたり、見回りをドローンでやるのである。しかし、そもそも電気の通っていないこの地域では、そんな複雑で自力で修理できない機材を毎日持続的に使うのは、まだまだ先の話だ。当面は、自分たちで開発した、材料を入手しやすく修理もしやすい爆音器が活躍するだろう。