知るために旅をせよー「旅する」

桐越 仁美

 

「どうして故郷を離れて商売の仕事をするようになったの?」

私は、西アフリカの経済移民を調査している。この質問をすると大概は「村にいても、乾季には何もできなくなるから」という返事が返ってくる。西アフリカのサバンナの乾季は6~8か月間も続くので、その間は畑仕事ができなくなってしまう。青壮年の男性は乾季になると、国内外の都市部に行って小商いなどの仕事に従事するのだ。今回も同じ返事が返ってくるだろうと思いながら、ガーナの友人イブラヒムにも聞いてみた。すると、返ってきたのは意外な答えだった。

「世界を知るためだよ。ブッシュ(田舎)にいたら、ガーナで起きていること、世界で起きていることを知らないまま過ごすことになる。それはとても愚かなことだ。学ぶためには、旅をしなければいけないよ。」

イブラヒムはもともと知的好奇心の強い人だ。幼い頃から商人たちのもとで下働きをし、商売のノウハウを早くから身に着けていたという。10代後半にはリゾート地に暮らすイギリス人のもとで働いたこともあるそうだ。20~30代はコーラナッツや家畜の交易をメインとしていたが、一昨年にはガーナ経済を支える金の採掘について知りたくて、金鉱山で働いていたらしい。しかし、イブラヒムの経歴は少々特殊ではあるものの、西アフリカでは特段珍しいわけではない。西アフリカでは多くの人がいくつもの職を転々とし、多くの地を旅している。それでも、今までイブラヒムのように答える人はいなかった。

彼の答えは意外ではあったが、私が知りたかった答えでもあった。ニジェールで調査したときにハウサ人の老人からハウサの人びとの人生観の話をしてもらったことがある。

「若いうちに旅をすることだ。故郷を離れ新天地に行き、そこで新たな人びとに出会い、知ることだ。優れた人物であれば、そこで新たに人間関係や財を築き、家族を養えるようになる。新たな土地に行くことを恐れてはいけない。」

この話を聞いたとき、商業民のハウサらしい話だと思った。そして、ガーナで調査するうちに、ハウサ以外の民族の人びとも同じような価値観を持っているのではないかと感じるようになったのだ。だから、イブラヒムから旅の重要性を聞かされたことで、今までなんとなく感じていた不確かなものが確信に変わったのだった。ハウサの人びとは「動くこと(harkuki)」を大切にする。動くことで新たな情報にアクセスすることができるし、思わぬ縁に巡り会うこともできる。村にとどまっていては、新たな出会いもチャンスも得られないのだ。イブラヒムはクサシと呼ばれる民族であるが、やはり「動くこと」、そして新たな地で「知ること」が重要であると考えていたのだった。

それから2年後にあたる2023年8月、私は両親と3歳の娘とともにガーナのコトカ国際空港に降り立った。両親は長時間のフライトでかなり疲れた様子だったが、娘は臆することなく、空港のグラウンドスタッフに日本語で話しかけていた。夫は仕事が落ち着いてから単身ガーナに来ることになっていた。

両親も娘も常日頃「アフリカに行ってみたい」と言っていたし、ガーナやニジェールの友人たちも「いつか家族を連れてきてくれ」と言っていた。いつしか、家族をアフリカに招待することが私のひとつの目標となっていた。私が定職につき経済的に余裕が出てきたことが大きいが、そのほかいくつかの条件が重なり、ようやくこの目標を達成することができたのだった。家族にとっては初めてのアフリカだというのに、誰一人として体調を崩さなかった。そのおかげで当初の予定通り、私の2つの調査村に行くことができた。いずれの村でも家族は歓待を受け、ご飯を作ってもらい、娘は村の子どもたちと遊んだ。首都にいる時には、ニジェールから来たトゥアレグ人の子どもを保護するシェルターに行くこともできた。

ガーナの調査村を歩く両親と娘

帰国後、私の家族にはいくつもの変化が生じた。両親はガーナや西アフリカに関する本を探しては読むようになり、村の生活や民族、環境問題についてよく語るようになった。母は知り合いに経験を話して、ガーナやニジェールの実情について知ってもらおうとしているらしい。娘はシェルターで仲良くなった子どもたちが紛争から逃れてきたことを知り、国や紛争に興味を持ち始めた。国名と国旗を少しずつ覚えるようになり、世界のニュースを見れば「ここは何て国?」と聞くようになった。最近はロシアという国とウクライナという国が戦っていること、それはとても怖いことで悲しいことだと知った。夫にはガーナに関係する変化は生じていない様子だが、前より積極的に家事や育児をしてくれるようになった気がする。

西アフリカの人びとの言うように、旅をすることで得られる刺激は大きいようだ。とりわけ娘の精神的な成長は著しく、たったの20日間でぐっと大きくなった。

「ガーナから帰ってきたら、すっかりおねえさんになっていました。」

娘が通う保育園の先生も、驚いた様子でそう言っていた。嫌いなナスとネギを克服したとか、自分でできることが増えたとか、お友だちを気遣えるようになったとか、そういった日常的な変化がたくさん見られるようになった。家族の変化を目の当たりにし、旅をすることが人にこんなにも大きな変化をもたらすことを知った。そして、「旅をせよ」というイブラヒムやハウサの老人の意見に、改めて強く共感することになった。

また、調査中にあまり旅の話を聞かないと思っていたが、そうではないのかもしれないということに気がついた。ニジェールやガーナの人びとが私にいつも言っていたことを、ふと思い出したのだ。

「あなたは日本からこんなに離れたところに来て、私たちのことを知ろうとして、とても頑張っている。」

そうか。私が気付いていなかっただけで、みんなはいつも言っていたのだ。旅をして、その土地について知ろうと努力することが、とても大切だということを。

イブラヒムと村の子どもと記念撮影