ゾウに殺されてしまったスザンナさん

岩井雪乃

2019年、過去最多のゾウによる死亡事件

活動地であるセレンゲティ県では、2019年は、ゾウに襲われて死亡する事件が過去最多となり、7名の被害者がでてしまいました。図を見てもらうとわかるように、セレンゲティ県は、県境150kmにわたって国立公園や猟獣保護区などの動物保護区に接していて、そのすべての地域がゾウによる農作物被害にあっており、さらには死亡事件が発生しています。特定の狭い地域の問題ではない、広域で深刻な問題であることがわかっていただけるでしょう。被害地域には30の村があり、生活している人口は9万人にもなります。

図 2019年、セレンゲティ県におけるゾウによる死亡事件発生地点

保護区の中でゾウを見るのは楽しいことだが、これが村に来たら死人が出る惨事に・・・

犠牲者の1人、バリバリ村のスザンナさん

スザンナさんは、2019年7月に、茂みに隠れていたゾウに襲われて殺されてしまいました。女手ひとつで8人の子どもを育ててきたスザンナさんは、小規模な農業で生計を立てていました。事件の前の晩、ゾウの群れが村に侵入して畑を荒らしました。男性たちは、外に出てゾウを追い払いましたが、スザンナさんの家には大人の男性がいませんでした。ゾウに対抗する道具もなく、何もできず、ひたすら、家の中でスザンナさんと子どもたちは、抱き合って震えながら夜を過ごしました。

朝になって明るくなると、スザンナさんは、ゾウが食べ残した作物を少しでも拾い集めようと、2人の子どもとともに急いで畑に行きました。そして、ゾウに踏み荒らされ、食い散らかされたキャッサバ畑で、必死に残っているキャッサバをひろい集めました。子どもたちと生きていくために、少しでも食糧を確保しようとの思いでした。その時です。茂みの影に、1頭残っていたゾウが、突然スザンナさんに襲いかかってきたのです。スザンナさんを鼻で持ち上げて茂みの中に投げ飛ばし、さらには、動けずに倒れているスザンナさんに近づいたかと思うと、大きな前足で何度も踏みつけて殺害しました。そして、そのまま保護区の方へ走り去って行きました。

ゾウ被害者のスザンナさん(左)

ゾウの群れは、多くの場合、人間に見られにくい夜の闇と共に畑にやってきて、夜明けになると保護区に帰って行きます。この日も、朝になってゾウは保護区に戻ったと思っていたのに、どういうわけか1頭が、まだ村に残っていたのでした。

遺された子どもたち

スザンナさんの8人の子どものうち、上の6人は何とか自分で生きていけそうですが、末の2人の子どもはまだ小学生です。遺児アユブくん(小学6年生)とパウロくん(小学2年生)は、彼らの兄である長男に引き取られて生活しています。特にパウロくんは、母親がゾウに殺される場面に同行しており一部始終を見てしまいました。心のケアも必要になります。とはいえ、長男も、自分の妻と幼い子どもを農業で支えており、生活は困窮しています。長男の畑も、常にゾウ被害に脅かされていて、ぎりぎりの農業収入しか得られません。

ゾウに母を殺されてしまったパウロくん(小学3年生、左)とアユブくん(小学6年生、右)。筆者とスザンナさんの妹さんも

ゾウプロでは、2020年3月にテレビ「世界ナゼそこに?日本人」にとりあげられた際に、遺児2人への支援を呼びかけました(寄付のよびかけ)。いただいた寄付は、スザンナさんの長男に渡し、2人の養育費に使ってもらっています。ご支援どうもありがとうございました。