船の上で夜通しおしゃべり(タンザニア)

藤本 麻里子

タンザニア連合共和国の西の端には、その深さが世界で第2位を誇るタンガニイカ湖がある。広さは琵琶湖の約50倍にもなる巨大湖だ。タンガニイカ湖は、タンザニア、コンゴ民主共和国、ブルンジ、ザンビアの4カ国に接しており、周辺の人々の生活を支える大事な湖だ。また、タンザニアのキゴマから、ザンビアのムプルングまで週に1回就航している貨客船、リエンバ号は人々や物資の輸送に大きな役割を果たしている。ドイツ統治時代に建造されたリエンバ号は、その後幾多の修理を重ねながら、今日までこの地域の重要な輸送手段として機能している。キゴマを出発したリエンバ号は、いくつかの停泊地を経由しながら、人々が乗降していく。しかし、しっかりした港に寄港するわけでもなく、湖上に停泊したリエンバ号めがけて多くのボートが近づいて行き、これから乗り込む人々を送り届け、降りる人々や荷物を迎えて村まで送り届ける。その乗り降りの際のボート同士、乗船客同士の、我先に!という熱気は凄まじく、怒号が飛び交う。初めての時にはどきどきしたが、今ではこの乗り降りの際の喧騒も楽しめるようになってきた。

リエンバ号に乗り込む人々と荷物を運ぶボート

さて、私の調査地のマハレ山塊国立公園やその周辺の村落へ行くには、キゴマからこのリエンバ号に乗り込んで約10時間の船旅となる。客室は、1等客室は2人1部屋で、2段ベッド、机、椅子、洗面台があり、主にムズング(アラブ人以外の肌の白い人、日本人もムズングにあたる)の観光客や富裕層が利用する。乗船客が少ないときは、1人でこの部屋を独占できる。しかし、地元の人々の多くは一番安い船賃で乗船し、適当なベンチや通路、甲板など居心地のいい場所を巡って小競り合いが起こることもよくある。そういう人々は、様々な空きスペースに自分の居場所を確保することになるが、1等客室の目の前の通路なども利用される。すると、一応ドアでしっかり仕切られているとはいえ、外の人の話し声は部屋の中まで筒抜けとなる。通路で一夜を明かす人々はやはり眠れないのだろう、夜通しスワヒリ語でのおしゃべりが絶えない。時には口論が始まったりして、うるさくて眠れたものではない。

2007年に私が調査地からキゴマの街へ戻る際にもリエンバ号に乗船した。そのときは観光客が多い時期だったようで、私はドイツ人の女性と相部屋となった。彼女は休暇を利用してタンザニアに観光にやってきたと話していた。その彼女が夜中、急にベッドから起き出して部屋の外に出て行き、おしゃべりを続けていた人々に向かって「何時だと思っているの。眠れないから静かにしてちょうだい。」と注意した。すると、そこでおしゃべりしていたタンザニア人の男性たちが「なんだと!この船はお前の船だっていうのか?俺たちタンザニア人の船だぞ。」と言い返した。ドイツ人の女性がスワヒリ語のこの言葉を理解したかどうかは定かではないが、とりあえず注意したことが相手の気に障ったことは理解したようだ。それでもなお、「夜遅い時間に大声で話すことは人の迷惑になる」とかなんとか英語でまくしたてている。私は部屋の中で「あ〜あ、この船ではこれが日常だからしょうがないのになぁ・・・。」と思いながら、仕方なく外に出て行った。すると、その口論を聞きつけた他の乗客もやってきて、ちょっとした人だかりになっていた。その中の1人のタンザニア人男性が仲裁に入った。まず、ドイツ人女性に対して、「ママ(女性一般への呼びかけ)、あなたの国では夜に大声で話す人は注意されるだろうが、この船ではみんな自由に過ごす権利がある。」と話した。一方の口論相手のタンザニア人男性には「この船はドイツ人が建造して、アメリカ人が大修理をしてくれて、そして俺たちタンザニア人が運行している。この船はムズングもタンザニア人も関係ない、利用者みんなのものだ。」と言い、話し声のトーンを下げるように注意を促した。周囲で騒ぎを見守っていた、乳飲み子を抱えた女性たちも「その通りだわ。」とか「赤ん坊も起きちゃうし・・・。」とこの意見に賛成し始めた。これで一件落着。私とドイツ人女性も部屋に入り再び床に入った。ヒソヒソ声はやっぱり続いていたけれど、いくらか静かになってドイツ人女性にも平穏な眠りが訪れたのか、今度はそのいびきに私が頭を抱える羽目になった。

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日本とアフリカに暮らす人びとが、それぞれの生き方や社会のあり方を見直すきっかけをつくるNPO法人「アフリック・アフリカ」です。