八塚 春名
「わたしの『入れもの』をもって来て。」
寝る準備を始めると、いつもおばあちゃんは姪のイバンヌにそう言っていた。イバンヌは、それまで外でわたしたちが使っていた椅子やゴザをぜんぶ家の中に入れて、最後にその「入れもの」をおばあちゃんの部屋に入れてから、戸締りをする。おばあちゃんの、黄色いプラスチックの「入れもの」。そしてそれは、翌朝わたしが起きると、すでに部屋にはない。いつも一番に起きるおばあちゃんが、起きてすぐに外へと運び出していた。
黄色いそれは、夜のあいだに用を足すための「入れもの」で、もとは調理油が入っていた5リットルのプラスチック容器だ。アフリカの田舎では、家の中にトイレをもつ家は少ない。トイレはたいてい、家屋から少し離れたところへ、個別につくられる。そもそも壁や屋根をもち、下に穴があいた、いわゆる「トイレ」をもたない世帯だって少なくはない。タンザニアのわたしのフィールドの人たちの言語では、「外」と「トイレ」は“zaka”という同じ言葉で表現される。つまり、もともとトイレは外(つまり野外)だったわけで、そこに穴を掘り、壁や屋根を設けた建物を設けるようになったのは、ずっと最近になってから、というわけだ。
おばあちゃんが暮らす村の一般的なトイレ
草の壁で円形に囲われた内側に穴が掘られた、いわゆる「ボットン」。
さて、そんな野外、あるいは、家の外に設けられたトイレは、夜になると、いろいろとやっかいだ。女性たちが一番にイヤがるのは、夜に外へ出るとヘビがいるかもしれないということ。電気がない村で、真っ暗ななかトイレに行って、ヘビを踏みつけてしまったら大変だと。トイレの穴にヘビが住んでいるかもしれない、危ないから行ってはいけないと、みんなは何度もわたしに教えた。しかし「いるかいないかわからないトイレのヘビ」よりも、「「入れもの」に用を足すこと」に大きな抵抗があったわたしは、みんなの忠告を無視して、夜であってもトイレに行き続けていた。するとある夜、トイレに行って用を足したら、トイレの穴からバサバサバサっとコウモリが出てきて、ものすごく怖い思いをした。そしてその日以来わたしも、夜にトイレに行けなくなった。タンザニアの田舎に暮らす女性たちは、毎晩、「入れもの」を部屋に入れて、外のトイレへ行かなくていいように整えてから就寝し、朝起きたら、さっとその入れものを外へ出しているのだ。
黄色の容器は、女性たちの「入れもの」になる前には、水入れとして使われる。
昨年の夏、冒頭のおばあちゃんが、マラリアの治療の遅れにより、ひどく病んで寝込んでしまった。おばあちゃんは3週間ほど寝たきりだった。具合が悪くなって床に臥せるようになったとき、真っ先に彼女の「入れもの」が部屋に運ばれた。体力が落ち、トイレへ歩いて行くことがしんどくなったからだ。そうこうしているうちに、おばあちゃんは起き上がることも難しくなり、彼女のトイレ事情は「入れもの」から「おむつ」へと変わった。赤ちゃんと同じ、ボロボロになった布を三角に折って腰に巻くだけのおむつ。しかし、いくら小柄なおばあちゃんとはいえ、赤ちゃんとは比にならないほど体は重く、量も多い。ボロ布のおむつなんて気休めにもならなくて、ベッドも部屋もすぐに臭くなり、わたしたちは毎日、何度も、おむつやシーツやおばあちゃんの服を洗わなければいけなくなった。水の乏しい乾燥地の村。介護に加えて水の調達に洗濯・・・。すぐにみんなクタクタになった。
そんな矢先、おばあちゃんを見舞いに来た近所の女性が、「町に行けばパンパースが売っている」と教えてくれた。「そうだ!紙おむつ!」と思った瞬間にわたしは、「お金を出すからパンパースを買おう!」と提案していた。そして翌日には村に、大人用の紙おむつが1ケース届いた。これで洗濯から解放されると、わたしたちは喜んだ。案の定、洗濯するモノは減った。臭いも減った。でも、おばあちゃんは慣れないモノをはかされて、ずいぶんと心地が悪そうだった。紙おむつをはきながらも「トイレに行きたい」といっていたが、身体を起こすこともしんどそうで、「おむつの中ですればいい」とみんなに言われ、しょんぼりすることも増えた。日本でもやったことのない老人介護。介護する側の快適さと、介護される側の心地よさやモチベーション。そのどちらも大切にしたいと感じながらも、両立させることの難しさを、ひしひしと感じた。でもやはり、日を追うごとにおばあちゃんが気の毒に思えてきて、わたしはなんとか紙おむつを取ってあげたいと考えるようになった。自力でトイレに行きたいという気持ちを、紙おむつで奪ってしまっていいんだろうか。「パンパースを買おう!」と安易にいってしまったことを、後悔するようになった。
幸いなことに、おばあちゃんはその後、マラリアの治療薬が効いて、少しずつ回復してきた。その時に何よりうれしかったことは、紙おむつ生活から「入れもの」生活へと戻ったことだった。おばちゃんがベッドで起き上がり、自分の「入れもの」に用を足した日は、家じゅう、いや、近所じゅうみんなで喜んだ。さらにその数日後、わたしたちに支えられながらトイレまで自分の足で行くことができたときも、やはりみんなでとても喜んだ。
日ごろ、トイレに行くという行為を深く考えることなんてない。わたしの家にはトイレという部屋があり、行きたくなったらそこへ行き、用を足す。ただそれだけだ。でも、ひとたびそれが家の外に設けられていたり、そもそも外にもなかったり、あるいは病気になってたどり着けなくなったりしたとき、わたしたちは初めて考えるのかもしれない。トイレという部屋や建物、「入れもの」や紙おむつの、便利さや不便さ、快適さや不快さについて。