使いこまれた足と、甘やかされた足(タンザニア)

八塚 春名

たぽん・・たぽん・・たぽん・・たぽん・・・とぽん・・バチャッ!
とたんに私の肩は水びたし、こぼれた水が地面の土と一緒になって、私の足にはねあがる。「あーあ、これじゃ家に着いたときには、きっと水がなくなってるね」とママ。

村での生活に欠かせない水汲み。ママたちは、20リットルの水の入ったバケツを頭に載せて、井戸から家へ、やすやすと歩く。何十年と毎日、くり返し、くり返し、やってきた仕事だ。普段は、お世話になっている家の男の子が自転車で運んできてくれる水を使わせてもらっている私も、たまには・・と、バケツを持つママについて井戸へ出かける。20リットル入りのバケツは初心者にはとうてい無理で、子どもサイズの10リットル入りが、私のサイズ。小さな頃からずっと、物を運ぶときは頭ではなくて、手を使ってきた私にとって、まず、頭に物を載せて落とさないようにするということから、とっても難しい。背筋を伸ばし、首を伸ばし、頭を揺らさずに歩かなくてはいけない。頭上のしっくりとくる位置から、すこしでもずれてしまったら、とたんに落っこちてしまう。まして、ぽちゃっ、ぽちゃっ、と動く水を載せて歩くのは、大変だ。だからといって、20リットルの水が入ったバケツを手に持ち、井戸から家まで運ぶのは、もっと大変。そんなことをするくらいなら、頭に物を載せて歩くことに慣れるほうが、らくちんかもしれない。

ロバと一緒に水を運ぶおばちゃんは、手放しで20リットルの水を載せて歩く。

 井戸に着くとママは、私のために、ふたのついたバケツを用意してくれる。水をバケツいっぱいよりすこし少なめに入れなさいと指示をくれる。頭に載せる時もみんなが見守り、手伝い、「だいじょうぶ?」と声をかけてくれる。ちょっとでも、変な位置にゆがんでバケツが載ってしまったら、「だめだめだめ」と、私の頭上のバケツの位置を直してくれる。頭のちょうどいい位置に載せられたら、いざ出発。そろり、そろり、そろり。私の歩くリズムに合わせて、バケツの中が、たぽん、たぽん、と揺れている。普段よりもずっとすり足に、ずっとゆっくり、背筋を伸ばして、頭に神経を集中させて、歩く。

道中では、木の根っこや大きな石が、私のすり足の邪魔をする。まっすぐ行って、左に曲がって、そしたら小さな坂をくだって、のぼって、最後はゆるやかな坂をのぼって、大きな岩の横を通れば、家につく。普段のペースで歩いたら5分の道のりを、ゆっくりゆっくりと、慎重に。そろり、そろり、と歩いているはずが、たぽん、たぽん、の揺れがだんだん大きくなってくるのがわかる。そして、ついには、バチャッ!とこぼれてしまう。家に辿り着いた頃には、バケツの水はずいぶんと減り、私の肩はびちょびちょだ。そんな役立たずの私と、軽くなったバケツを、家族のみんなが笑って出迎えてくれる。

ママたちは、バケツにふたなんてしなくても、水がなみなみと入っていても、たやすく坂を登ってくだって、家まで水を運んでしまう。昔、井戸が枯れてしまった時には、20キロも離れた村から、頭に水を載せて歩いてきたことだってあるらしい。私の荷物がたくさん入った重い、重い、スーツケースを、おばちゃんが頭に載せて運んでくれたことだってあった。そんなものを頭に載せたら、途中で死んでしまうとさんざん止めたのに、おばちゃんは、じゃあどうやって運ぶの?他に方法がないじゃない、と私を黙らせて、頭に載せてしまった。歩いているうちに、頭からぐしゃりとつぶれちゃうんじゃないか、首がどうにかなってしまうんじゃないかと、どれほど心配したことか。でも、おばちゃんは、私の心配をよそにすたすた歩いて、目的地まで荷物を運んでくれた。

日本では、どこへ行くにも車を使えるんでしょ?でも、私たちのところには、車はない。日本では、どこもかしこも、舗装された道なんでしょ?でも、私たちのところは、ぼこぼこ道しかない。ママたちの口癖だ。そんな環境で使いこまれてきたママたちの足は、ほっそりとしていて、土踏まずがきれいにへこんでいる。一方、車と舗装道で甘やかされた私の足は、扁平足で、ぼてっとしている。そんな私の足を、真っ白でやわらかくてうらやましい、とママたちは言う。私にしてみれば、甘やかされた自分の足は、みんなのかっこいい足に囲まれていると、情けなくて仕方がない。

すこしはみんなの足に近づきたい。そう思って、村中を歩き回ってきたけれど、私の足はいっこうに、かっこよくはならない。その代わり、ひとつだけ習得できたことがある。頭に物を載せて歩く術だ。慣れると案外、らくちんであることを知ってしまった私は、重い荷物にでくわすと、そこが日本でも、つい頭に載せてしまっている。周りの視線を感じて、はっと我に返る毎日だ。

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日本とアフリカに暮らす人びとが、それぞれの生き方や社会のあり方を見直すきっかけをつくるNPO法人「アフリック・アフリカ」です。