トタンを買いたいんだけど・・・ (タンザニア)

藤本 麻里子

私は野生チンパンジーの調査でタンザニア西部、タンガニイカ湖畔のマハレ山塊国立公園に1年間滞在した。我々の調査には、日々の生活や調査をサポートしてくれる、昔からこの森に住んできたトングウェ族の人々の協力が不可欠だ。彼らの仕事には、研究者と一緒に森を歩いてチンパンジーを追跡する、トラッカーと呼ばれる仕事のほかにもたくさんの仕事がある。調査のために切り開かれた調査路を整備する仕事、研究者の生活をサポートする炊事・洗濯・水汲みなどの仕事、と多種多様である。我々研究者は、それぞれのスタッフに毎月給料を支払う必要がある。その際、必ずしなければいけなのが借金の要求への対処と、貸したお金の給料からの天引きだ。

私がお世話になった調査助手の多くが生活する村では、ほとんどの人々は日々食べていくのに精一杯で、預貯金などある人は少ない。そのため家族が病気になった、子供の学校のお金を払わなければいけない、家を建てたい、畑を買いたい、など様々な理由で借金が申し込まれる。研究者は各スタッフの返済能力や借金の理由などを勘案して、その申し込みを受け入れるか、受け入れるとしても金額について話し合うか、時には考え直すように説得する。勤め先に給料の前借りという形で借金を申し込むのは、我々のスタッフに限らず、タンザニアではよくあることのようだ。出発前に読んだガイドブックにもそう記されていた。

一般的な草葺屋根の家とそこに住む母子

借金の申し込みでよく聞かれる理由の一つが「もうすぐ雨季になるが、我が家はまだ草葺屋根だ。雨季の前にトタン屋根にしたいから、トタンを買うためのお金を貸して欲しい。」というものだ。タンガニイカ湖畔の村で目にした家の多くは、草葺屋根だった。

 なるほど、雨季になったら草葺屋根では困るだろう・・・そう思って我々はその要求に応じる。ところが、誰にいくら、何のためにお金を貸したかという帳簿を見ると、同じスタッフが何度もトタンを買うためのお金を借りていることに気づく。また、過去にトタンを買うための借金が記載されているスタッフの中には、いつまで経っても草葺屋根に住む人もいる。貸したお金が実際に何に使われたかまでチェックできないのが現状で、しっかり返済してくれれば問題はないので、そこまで咎めはしない。インフラ、医療、福祉が整っているとは言えない現地では、日本では考えられない問題がしょっちゅう発生する。マラリアやコレラなどの病気の流行がその一つだ。だからせっかくトタンを買うためにした借金が、子供のマラリア治療に使われることも十分あり得る。もちろん酒代に消えることも十分あり得るのだが。

多くの草葺屋根の中にときどきあるトタン屋根の家

 一度、若いスタッフが建てたばかりの草葺屋根の家に泊めてもらったとき、夜中に屋根の隙間から大きなねずみが飛び込んできてびっくりしたことがあった。それでもその家を建てたばかりの若者にとっては、そこは自分で働いて得たお金で建てた立派なマイホームだ。彼は、そこに日本人の私を泊めることに誇りを感じているようだった。彼がマイホームをリフォームしてトタン屋根にするには、いずれ借金の申し込みがあるだろう。そしてトタン屋根のためと称して借りたお金で実際にリフォームが完成するのは、何度目のトタン借金のときだろうか。

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日本とアフリカに暮らす人びとが、それぞれの生き方や社会のあり方を見直すきっかけをつくるNPO法人「アフリック・アフリカ」です。