世代を超えて楽しむ酒場(タンザニア)

八塚 春名

2015年8月、乾季まっただ中のタンザニアを1年ぶりに訪れた。久しぶりに会いたい人もたくさんいるし、インタビューもしたいから、それぞれの家をまわってみたものの、人がいない。もう収穫を終え、朝から晩まで畑にいるような時期でもないはずなのに、人がいない。うろうろしていてばったり会った人に、ぜんぜん人がいないとグチってみると、「ニトケビピ」というスワヒリ語が返ってきた。「ニトケビピ (Nitoke vipi)?」直訳すると「私はどのように出ようか?」という意味で、その人が何をいっているのか、さっぱりわからなかった。不思議そうにするわたしに、「じゃあ、一緒に行こう」と、その人はわたしを「ニトケビピ」に連れて行ってくれるといった。

着いたところは、村を縦断する道路から一歩中に入ったところで、わたしがよく知る人たちの家のすぐ近くだった。そこには小さな広場ができていて、いくつものベンチに、たくさんの人たちが座って、みんなで地酒を飲んでいた。「なーんだ、ニトケビピって酒場のことなの?」というわたしに、みんなが笑ってベンチを譲り、酒を勧めてくれた。それまで村では、女性たちが家で地酒をつくり、それぞれの家で販売していた。だから酒を飲むためには、今日、誰の家に酒があるのかという情報を事前にキャッチし、朝からその家へ出向くことが必要だった。村人たちは早起きで、酒があると聞けば7時前でも飲みにやってくる。わたしみたいに身支度を済ませてゆっくりと紅茶を飲み、8時になってさあ出かけよう、なんてしていたら、「酒はもう売り切れたよ」と言われることもしょっちゅうだった。そんな村に、「公衆酒場ニトケビピ」ができたのだ。

公衆酒場ニトケビピ
 

“Nitoke vipi?” とはつまり、「こんなにうまい酒があるのに、わたしはここからどうやって出られようか、いや、出られまい」という意味なんだろう。誰なのか、詳細はわからないが、若者たちがそう呼び始め、あっという間に、その名前がみなに知られるようになった。「なんとシャレた名前!」と思ったのはどうやらわたしだけではなかったようで、村の人たちもこの名前がたいそうお気に入りのようだった。ニトケビピにいる時に、都市に暮らす人からたまたま電話がかかってくる。「今ね、ニトケビピにいるの」というと、「え?どこどこ?なにそれ、酒場!?(笑)」と電話のむこうで大爆笑。そして電話から漏れる笑い声を聞いて、ニトケビピで酒を飲む人たちも大爆笑だった。

毎日、午後になると、バケツになみなみと入った地酒をもった女性たちと、それを目当てにぞろぞろとやってくる人たちがここに集った。傾きゆく陽を背に、「ちょっと味見させてよ」、「あんた、カネ払いなさいよ」、「カネはあとでもってくるよ、まずは味見・・」という酔っ払いのやりとりを繰り広げたり、誰かのうわさ話に爆笑したりしながら、おおぜいで酒を楽しんでいた。この酒場は誰のものでもなく、誰でも自由に酒を売り買いすることができた。ニトケビピという名前のセンスもさることながら、わたしはニトケビピの雰囲気を大好きになり、その日以降、暇な夕方にはニトケビピに通い、みんなと酒を飲んだ。「ハルナもニトケビピに行くの?好きだねえ(笑)」と、まるで「君も呑兵衛だねえ(笑)」といわんばかりの声をよくかけられたものだ。

さて、酒場といっても、日本の酒場とニトケビピは、まるきり違う。もちろん日本の居酒屋もなかなか楽しい。食事はおいしいし、ごくごくたまに、運がいい日には、隣に居合わせた人が酒をおごってくれることもあるかもしれない。一方、ニトケビピには食事はないし、おしぼりも出てこない、もちろんトイレもない。でも、ニトケビピには魅力がある。 わたしが感じるニトケビピの第一の魅力は、野外であるということだ。夕方、ちょっと涼しくなったころに、木陰のベンチにおおぜいで腰かけ(あるいは地べたに座って)飲む雰囲気が素晴らしい。第二の魅力は、時におごり、時におごられ、カネがある人もない人も、みんな、酒を飲めるということだ。いつも遅れて到着するわたしは、誰かがすでに注文し、回し飲みをしている酒のお相伴にあずかることが多いのだが、それがなくなると、じゃあ、と次は私がカネを出し、酒を買い、またみんなで回し飲みをする。その時にカネを持つ人が買い、ない人は回ってくる酒を待てばいい。1円も持たずに行って酔って帰ることだってできてしまう。第三の魅力は、老人も若者も主婦も学校の先生も日本人も、世代、性別、職業を超えて、みんな一緒に回し飲みをするということ。「若者がたまる店」、「おじさんがカラオケを歌う店」、「女子会向けの店」、そんなふうに世代や性別によって場がわかれていないのが、アフリカの田舎の酒場だ。もちろん、そんなに選択肢がないというもの理由のひとつではあるけれど、とくにニトケビピは、野外だからこそスペースに制限がなく、人が増えれば輪を広げ、地べたに座ればいいだけだし、若者も、おじさんも、女性も、みんなが一緒に酒を囲み、談笑できる。若者がつけたニトケビピというオシャレな名前の酒場に、毎日いろんな世代の人が集っている。それが、公衆酒場ニトケビピの最大の魅力だろう。

アフリカの田舎に「若者文化」がないわけじゃない。若者が好きな歌、若者が好きなファッション、サッカーチーム。若者がグループをつくり、何か新しいことを始めることだってある。でも、なんとなくいつも、そうした若者の輪にも、おじさんがいたり、おばちゃんがいたりするし、若い男の子が中心のサッカーチームが、今日はおじさんチームと対戦!なんていう日だってある。おばちゃんやおばあちゃんが、ルールはよくわからなくても、グラウンドで熱心に応援する姿も見かける。木陰でラジオを聞きながらまどろむ時も、ダンナのグチを言い合う時も、ニトケビピで酒を飲む時も、どんな時でもいろんな世代の人が混ざっている。アフリカの若者世代は、世代でくくらない楽しみ方を知っているのだ。

ニトケビピを楽しんだ半年後の2016年2月末、雨季の村をわたしは再訪した。聞き取りをするために、アポをとるために、ニトケビピに行けば、またたくさんの人に会えると思い出かけたら、ニトケビピはもうなかった。残念がるわたしに、みんなが説明した理由は3つあった。ひとつ目は、野外であるニトケビピは、雨季には開けないということ。ふたつ目は、今は農繁期で、みんな畑仕事に忙しいということ。とはいえ、彼らはどんなに忙しくても、酒があったら仕事を放って飲みに行く人たちだということをわたしは知っているので、この理由には説得力がない。みっつ目は、6月頃から始まる穀物の収穫期を前に、今は一年でいちばん食糧が乏しい時期にあたり、酒をつくるための穀物が不足していること。ひとつ目とみっつ目の理由に納得をしたものの、「じゃあ8月に来たらまたニトケビピはあるよね?」と方々で聞いてまわったわたし。みんなは「呑兵衛だな(笑)」と言いたげにニヤニヤしながら、あるよ!と答えてくれた。というわけで、わたしは8月が、とても、とても、待ち遠しい。