私が浜辺に向かって歩いていくと、波打ち際に居た人々が急に湖に潜ったり、走り去ったり、ちょっとしたパニックに陥った。一瞬何が起こっているのかわけがわからず、私は洗濯しようと持ってきた衣類の入った籠を手に、状況を把握すべく辺りを見回した。次の瞬間「騙された!」と気づき、顔から火が出そうになった。
私が居候していたタンザニア西部のタンガ二イカ湖畔の村では、飲料水の確保、水浴び、洗濯、食器洗い、水を要する全ての用事はタンガ二イカ湖で済まされる。人々は朝晩2度の水浴びを日課にしており、早朝も夕方も多くの人々が石鹸一つ持って身体を清めにやってくる。日本の海の家とは違い、シャワールームや更衣室なんてものはなく、大人から子どもまでみんな自由に水浴びをする。しかし、一応男性の水浴び場、女性の水浴び場は暗黙の了解でなんとなく分かれている。ついたてや囲いがあるわけではないので、女性たちはカンガやキテンゲなどの布で身体を覆いながら上手に水浴びをする。
冷たい湖の水で身体を清めるのが苦手な私は、毎晩、居候先のお宅でお湯を沸かしてもらって行水するので、湖では水浴びはしない。また、私の生活用水も全て家の人がタンガ二イカ湖からバケツで汲んで運んできてくれる。洗濯ももちろん家の人に頼んで湖で洗濯してもらう。でも、さすがにお世話になりすぎだなと思い、いつもは人任せにしてしまう洗濯もたまには他の女性たちといっしょに自分でやろうかな、と籠に汚れた衣類と石鹸を詰めて湖にやってきたのだ。浜辺に向かう途中で、居候先の長男で15歳のムウィニと、11歳の次男、イディが連れ立って浜辺から戻ってくるのに遭遇した。彼らは私に「洗濯ならあっちに行けば他にも洗濯してる人が居るよ。」と満面の笑みを浮かべながら指差して教えてくれた。私は疑うことなくその方向目指して歩いてきた。
目の悪い私には人影が見えても、それが全員男性で、しかも水浴び中の全裸の男性たちだとは、かなり近づくまで気づかなかったのだ・・・。短パン姿の男性が一人近づいてきて「いっしょに水浴びしたいのかい?」と言われてしまった。急いで女性たちの水浴び場のほうへ走っていくと、たくさんのママたちに笑われてしまった。「あっちは危険な場所だから近づいちゃ駄目よ!」と言いながらも、みんな大はしゃぎだ。
居候先の家に戻りムウィニとイディを探して「騙したな〜」と言うと、二人とも、してやったり!という表情で顔を見合わせ、すばしこい逃げ足で走り去った。彼らの日常はこうしたほんの小さなジョーク混じりの騙し合いで溢れている。こうして、村の人々は日々、笑顔を絶やさず、些細なことで怒ったり、心をすさませたりせずに過ごしているのだ。もちろん、もっと深刻な不利益を被るような嘘に騙され、嫌になることだってあったけれど、タンザニアで出会った嘘や騙し合いの多くは、こんなムウィニやイディの悪戯に毛を生やした程度の、笑って流せる騙し合いだった。嘘をつかずに実直に生きるのも悪くはないが、時にはジョークで騙し合い、笑顔と会話が弾むのもまた、素敵な生き方だと小さな嘘が教えてくれた。