屋根を葺く(タンザニア)《ezeka/(屋根を)葺く/スワヒリ語》

黒崎 龍悟

私が良く訪れるタンザニアの農村の男子は、小学校を終えると自分の土地を得て、レンガを焼いてみずから家づくりを始める。そして庭先に換金作物のコーヒーの木を植える、ということをする。そうやって伴侶を探す条件を整え、一人前の男になっていく。最近では中学校に進学する子どもが増えているものの、多くがこういうライフコースをたどる。

レンガを作る若者

家をつくるのに欠かせないのが屋根材だ。屋根は一年生のイネ科の植物を葺くのが伝統的な方法だが、トタン板も定着しつつある。トタンの方が雨漏りもせず、耐久性もあって草葺きのように1年〜2年といったサイクルで変える必要がないとうい利点はあるが、購入費用が高いので、独立したばかりの若者は手が出せない(瓦屋根もあるが一般的に流通しておらず、さらに高価らしい)。コーヒーを育てて、木が大きくなるころ現金収入がそれなりに安定して初めて買えるのである。トタンを葺くことはその人の経済的ステータスのあらわれでもある。

増築のためレンガを用意する若者(2007年)。このあと、草葺きの屋根はトタンに変わった。

トタンが葺かれるのを待つ家

しかしトタン屋根にもデメリットはある。現地での理想的な家の構造はトタン屋根の下にシーリングボードという板材を貼るもので、都市の住居やゲストハウスはこのようなつくりになっているが、農村でそこまでお金をかけることは難しい。それでトタン屋根の下には直接、居住空間がある(つまり屋根裏がない)。そうすると太陽光がトタン屋根で熱せられてその熱が家のなかに立ち込め、乾季の暑い時期は家の中にはいられなくなる。乾季の日中、多くの人は家の外にある木陰によく集まっていたし、私もマンゴーの木の下によく避難していた。一方、草葺きの家のなかはとても涼しくて快適だ。また、トタンは前述のように雨季には雨漏りしないということが利点だが、雨が降るとよく音が響くので、夜中に雨が降ると必ず目が覚めるということを経験した。時にあまりに大きい音がするので豪雨かと思って外を見て確認し、そうでもなかったということも何度もあった。草葺きだと雨漏りがしないかぎり雨が降っているのかどうかわからないときさえある。10年ほど前、ある家の草葺き屋根の上にトウモロコシが生えていたのを見たことがある。どこからか種が飛んできて生育したのだろうか、 とても収穫までもつまいと思っていたが、数か月後、家の持ち主から焼きトウモロコシにして食べたと聞かされた。これも草葺きのメリットかもしれない。

とはいえ、草葺きは手間がかかるし、雨漏りに対して気を使う必要があることに変わりはない。火事の心配もある。乾季にある農村に泊まった時は、草が一部おちて仰向けに寝ると星がみえていた。情緒があるといえばあるが、ときおり草のくずが顔や荷物の上におちてくる。さらにある日小さな竜巻が起こり、「あっ」と思った瞬間、近くの若者の家の屋根が一瞬でもっていかれてしまったのを目の当たりにした。このようなことから現地の生活者にしてみればやはりトタンが便利だろうと考えていた。

しかし、これには少し誤解があったことがわかった。今年のはじめ、雨季の雷雨と強風に見舞われた日、農民グループの集会に参加するために会場となった小学校にいたのだが、そこのトタンが強風で軒の方からはがれそうになっていた。濡れるのはまだしも飛んで行ったトタンが誰かに当たってけがでもしたら一大事とおそろしくなった。実際、数年前の豪雨と強風の日、教室に残っていた小学生の上に屋根の梁(木材)が落ちて一人亡くなるという痛ましい事件もあったという。近くにいた集会の参加者に、トタンも飛ばされそうなこんな天気の日では、草葺きの家はひとたまりもないのではないか、と話しかけると、意外にも実はよく葺かれた家はトタンよりも強い風に対して安心できるのだと教えられた。確かに何層にも葺かれた草はお互いに密着しあって、また通気性が良いからトタンよりも風に吹き飛ばされにくいのかもしれない。それ以来、草葺きに対する印象が変わり、各家のつくりを注意深く見るようになった。

屋根をとばされた若者はあまり上手に草を葺いていなかったのかもしれない。あのような経験をしてさらに丈夫な草葺きの技術を身に付けていくのだろう。たとえ若者たちが将来的にトタンを葺くことのできる経済状況になるのだとしても、生活に根を下ろした草葺きの技術は、彼らのライフコースのなかで学ぶべき重要なものであるに違いない。