クリスチャンなマサイの人たち(ケニア)

目黒 紀夫

ケニア南部の、マサイの人たちのお宅にホームステイしながら調査をはじめた頃、日曜日は私にとって、ちょっと“めんどくさい”曜日だった。なぜなら、日曜礼拝のために教会に行かなければならないから。

「普段かよっている教会」

「教会の内部」

教会に来るのは全員がマサイの人たちであり、当然ながらマサイ語ですべてが進められる。しかし、恥ずかしながら、私はマサイ語がわからない。礼拝はだいたい朝の10時から昼の2時、3時までつづくのだが、とちゅうに歌や踊りがあるとはいえ、4、5時間のあいだよくわからない言葉を聞きつづけるのは楽ではない。歌を歌うにしても歌詞がよくわからない。立って体が動かせるとはいえ、最初はやっぱりなにがなんだかよくわからない。牧師さんたちが身ぶり手ぶりもまじえて熱心に語るのを、20人ほどの信者もまた熱心に聞いており、話の内容をとなりの人に聞ける雰囲気でもない。そして、お祈りの時間ともなると目をつぶり一人ひとりがそれぞれに神への感謝・祈りの言葉をつぶやくのだが(人によっては「さけぶ」といったほうが適切かもしれない)、時にこの時間は5分以上もつづいたりする。なかには地に伏して頭を地面にこすりつけながら感謝の言葉を祈り叫ぶおじいさんなどもいるのだが、基本的に無宗教の私などは1分もすると祈る言葉も尽きてしまい、目を開けて周りの人たちが一生懸命にお祈りをするさまを眺めるといったしまつである。

ホームステイ先の家族は私がマサイ語をわからないことを知っており、普段はスワヒリ語で話しかけてくる。そんな彼ら彼女らだが、土曜日になると当然のように私に「明日、教会に行くよね?」と聞いてくる。また、日曜の午後に会う人の多くがあいさつ代わりに聞くのは「教会に行ってきた?」ということである。日曜の朝には、子どもたちに加えてお父さん・お母さんも水浴びをして体を清め、きれいな服で着飾って教会に出かける。テレビも家にないケニアの片田舎では、毎週日曜日の教会での礼拝に社交の場・娯楽の場としての意味があるのは確かだが、それと同時に思うのは、マサイの人たちが強くキリスト教を信仰しているということである。

もともとマサイの人たちは「エンカイ(Enkai)」と呼ばれる唯一神を信仰しており、世界中のウシはこのエンカイさまが自分たちマサイのために創ってくれたものだと考えたりもしていたらしい(だから他民族のウシを奪ったりもしていた)。しかし、私の調査地は今ではすっかりキリスト教化している。宗派はプロテスタント系のいくつもの流派が混在しており、ここ数年、おとずれるたびに新しい教会が立てられている状況である。そんななか、60歳以上の長老であれば洗礼名(クリスチャン・ネーム)をもたない人も多いが、30歳未満の成人ともなると、自己紹介でほとんどの人が名のるのは、ジョン、ディヴィッド、ポール、サムソンといった洗礼名(というか英語名)である。洗礼名はその名の通りに幼少期に洗礼を受けるときに授けられる名前なので、みんなマサイ語の名前ももっているはずである。しかし、誰かのお宅や道端で会ったときなど、みんながあまりにさらりと洗礼名で自己紹介をするので(「私の名前はジョン、会えて嬉しいよ」とか)、マサイ語の名前を聞きなおす暇などない。なので、フィールドには今もマサイ語の名前を知らない知人がじつはけっこうたくさんいたりする。

「町のりっぱな教会」

「町の教会の内部」

私がマサイの人たちは“真面目なクリスチャン”だなと思う例としては、たとえば、「アルコールは聖書で禁じられているから飲まない」という人が多いことが挙げられる。町に行けばバーがあってビールなども売られているが、町から(ちょっと)離れた場所に住んでいるマサイの家々でこれまでお酒を飲んでいる場面に出くわしたことはほとんどない。結婚式や葬式に出させてもらったときも、ウシの焼き肉やスープ(ウシの血入り!)をご馳走になったことは多いが、アルコールをふるまわれた経験はない。聞き取り調査をしているときも、調査に協力する報酬として紅茶や砂糖、タバコ、それに焼き肉代などを要求されることはあっても、酒代を乞われたことは完全に昼間っから酔っぱらっているおじいちゃん1人を除けばない。ほかの人のフィールド体験を聞いていると、お酒(を飲む場)というものはとても大切な人づき合いの場面に思えるのだが、私のフィールドの場合はそういうかたちで「お酒の力」に頼ることはほとんどない。

下戸の自分にとって、フィールドの人がお酒を飲まないということはそれなりに好都合である。とはいえ、日常生活のなかで困ったことといえば、食事の前のお祈りがあったりする。お祈りの言葉は人によって長さが違い、熱心な大人の場合は10秒以上かかったりもする。お祈りの最後には「アーメン」という言葉が唱えられ、それをほかの人が復唱すると、さあご飯、となる。だが、最初の頃、私はこの「アーメン」の復唱を周りの人と合わせることがまったくできなかった。小声で早口なお祈りはそもそも私には聞きとれず、終わるタイミングなど予想できない。そうしたなかで、「あ、(お祈りしている人が)『アーメン』といった」となど思っているうちに周りの人たちは素早く「アーメン」と復唱してしまう。そうすると、復唱の「アーメン」の「メン」だけでも声に出して周りに合わせられたら上出来という感じである。ささいといえばささいなことだが、毎日の食事のたびに「アーメン」を必死になって復唱しようと集中・努力しなければならないという状況は、その場かぎりとはいえ意外と緊張を強いるものだった。

マサイの人たちはケニアからタンザニアにかけて住んでおり、私の調査地ほどにキリスト教が信仰されていない地域も多いのではないかと思う。とはいえ、そこではこんな風にキリスト教はマサイの人たちの生活や考え方に深く浸透しており、それにともない伝統的な葬式や祖霊信仰が駆逐されたりもしている。そうした状況にたいしては、「キリスト教化=欧米化=アフリカ(マサイ社会)の伝統文化の喪失」といったかたちで否定的にとらえることも可能であろう。私も昔はそうした見方を少なからずもっていた。だが、ある牧師さんはマサイの民族宗教とキリスト教の関係について以下のように説明してくれた。

「マサイが信仰してきた神さま(エンカイ)とキリスト教の神さま(God)は同じ存在であって、違いはないんだよ。だから(民族宗教とキリスト教は)同じなんだよ。むしろ、キリスト教が入ってきたことで、(聖書を通じて)マサイはそれまで以上に自分たちが信仰している神さま(エンカイ=God)について正しい知識を得られるようになったんだよ」

私のフィールドでも、核家族化が進行し、伝統的な相互扶助は確実に衰退してきている。そうしたなかで、今日では教会は生活に苦しい世帯への援助(農作物・家畜の無償提供、教育費の拠出など)を行う基礎的な単位となっている。おそらく、「教会がマサイ社会を乗っ取った」とか「マサイはキリスト教を自分たち流に飼い馴らした」とか、一言でこの状況を表現しようとすることは不可能だろう。とりあえずは、マサイ語を覚えつつ毎週日曜日に一緒に教会に通い、歌を歌い、踊りを踊り、そして祈りを重ねることで、彼ら彼女らにとっての神さまの意味を考えるヒントを探っていこうと思う。