危機に際して―SNSから感じた光(会報アフリック・アフリカ No.17 巻頭言)

牛久晴香

 私事で恐縮だが、3月に書籍を出版した。ガーナ北部のボルガタンガ地方にお世話になって11年、やっとこれまでの成果をまとめることができて、ひとまずほっとしている。最終稿を提出したとき、世界がここまでの状況になるとは想像していなかった。日本の状況はご承知のとおりだが、アフリカでもCOVID-19は猛威をふるい、5月下旬には大陸全体の感染確定例が10万件を突破した。6800件を超える確定例(5月25日時点)が報告されているガーナでは、政府は当初の封じ込め作戦を半ばあきらめ、国民生活への厳しい制限を解除する代わりに大都市でのマスク着用を義務化した。刻々と変わる状況に政府も国民も翻弄されているのは、日本もガーナも同じだ。

感染の拡大を防ぐために、人との直接的な接触を避けることを求められるようになって久しい。そのような状況で、わたしと友人、家族、職場の仲間をつないでくれるのは情報通信技術(ICT)だ。わたしはICTの活用に背を向けてきたタイプだが、この状況下ではさまざまな技術やアプリに頼ることなしには仕事もプライベートも成り立たない。近頃は、わずらわしいとさえ思っていたソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)のありがたみを感じはじめてもいる。

ガーナの友人たちはSNSが大好きだ。彼らは自分のポートレートを頻繁に投稿する。マスク着用義務化前の4月中旬、ボルガタンガのある男性の投稿を見た。「安全第一。何かが起こってしまう前に」というメッセージの下には、B-boy風の衣服を身にまとい、クールなポーズをとる彼のポートレートが添えられていた。口元には、アフリカンプリントの布を用いた手製のマスク。黄緑ベースのカラフルなマスクは、もはやファッションアイテムだ。彼の投稿は友人から多くの「いいね!」を集め、わたしの掲示板には数々のマスク着用ポートレートが表示されるようになった。いずれのマスクも個性的で、「COVID-19対策もかっこよく/自分らしく」と訴えているかのようだ。友人らの自主的な対策と大胆な色柄の「アフリカンマスク」は、鬱屈した気分を少し晴れやかにしてくれた。

わたしは11年間、逆境でも楽しさや明るさを忘れず、どこか余裕を感じるボルガタンガの人びとの姿に憧れ、勝手に勇気づけられてきた。むろん、COVID-19の拡大はマスクだけでは防げないし、今後アフリカで表面化する悪影響は日本の比にならないかもしれない。しかし、ふりかえってみれば、彼らは生存が危ぶまれるほどの状況にたびたび追い込まれても、しなやかに危機を乗り越えてきた。SNSを彩る鮮やかなアフリカンマスクもその一端を示しているような気がしてならない。

とはいえ、SNSの情報は生活のごく一部を切り取ったものに過ぎず、対面のコミュニケーションをすべて置き換えられるわけではない。アフリックのみなさんも、オンラインでコミュニケーションをとればとるほど、五感を使ったふれあいの大切さを改めて感じているのではないだろうか。日本とアフリカの往来の再開と、大切な人たちとの再会を喜べる日が一刻も早くやってくることを心から願っている。

*このエッセイは「会報 アフリック・アフリカ17」巻頭言からの転載です。