バーバの一日はコーラとともに(ガーナ)

桐越 仁美

「バーバ、あの人たちは泥棒じゃないよ。」
「おまえたちは全然わかっていない。あいつらはコーラナッツを狙っているんだ。」
朝食をすませ、家の前でのんびりと話をしていると、村のみんなの笑い声とともにいつもの会話が始まった。

ガーナの南部、ンココからクマシにかけての地域は、ガーナ国内で最大のコーラナッツの生産地だ。ここに は、マリ、ブルキナファソ、ニジェール、コートジボワール、トーゴ、ナイジェリアといった近隣国から、コ ーラナッツのトレーダーやバイヤー、生産者として、たくさんの民族が集まってきている。コーラナッツは西 アフリカの乾燥地を中心として親しまれている嗜好品で、古くからサヘル地域やサハラ交易で注目されてき た。今でもサヘル地域をはじめとした西アフリカの各地で、コーラナッツを目にすることができる。実を少し ずつ噛んで刺激を楽しむ嗜好品だが、とにかく苦い。渡航するたびに私も噛んでみるけれど、いまだに苦手だ。

ハウサ語の「バーバ」という言葉は、お父さんや目上の男性を呼ぶときに使われる。村のみんなにバーバと呼 ばれているヤコブおじいちゃんは、コーラナッツのバイヤーとして20年前にナイジェリアからやってきて、こ のコーラナッツ生産地に定住した。ハウサの人びとがコーラナッツの商売に携わっていることは多く、バーバ もそのうちの一人だった。バーバはもうバイヤーを引退しているけれど、昼夜問わず、毎日かかさず3時間おき に出荷用のコーラナッツが保管されているコーラハウスを見に行く。

写真1 コーラハウス。バイヤーがコーラナッツの皮むきをしている。

 

「ここにコーラナッツを盗みに来たのか!?」
「おまえたち、誰の許可を得てここに来ているんだ!?」
現役のトレーダーやバイヤーがコーラハウスに来ると、絶対にこう言って追い返そうとする。反論すると、持 っている杖を振り上げて威嚇する。そのときに村のみんなは、笑いながら「もうバーバ、違うってば。」と言 ってたしなめるのだ。
「ごめんよ、バーバ。あなたのコーラに悪さはしていないから、安心してよ。」
トレーダーやバイヤーも慣れっこで、コーラハウスでの仕事を終えるとバーバにそう言って挨拶をする。

バーバは5年前にバイクとの衝突事故で頭を強く打ちつけ、左足首を骨折した。
「昔はとても気さくで、気難しいなんて思うことは無かったんだけどね。事故に遭って、病院にいって、帰 ってきたらあんな調子だったんだよ。」
バーバは、コーラナッツの話になるととても気難しくなり、ちょっとしたことで怒りだす。そうなったきっか けがバイクとの衝突事故だったと村の人びとは話してくれる。普段のバーバはとても穏やかだ。日本から来た 私のことを「日本とガーナは違うから」と言って、いつも気遣ってくれる優しいおじいちゃんだ。そんなバ ーバが、コーラナッツが少しでも絡むと、ガミガミと怒りだす気難しいおじいちゃんへと豹変してしまうの だ。それでも村のみんなは、バーバを温かい笑顔で見守り続ける。

「父も兄弟も、ナイジェリアでコーラナッツに関わる仕事をしていたよ。でも自分は神様からコーラナッツの 生産地で仕事をするチャンスをもらった。だからここに住むことに決めたんだよ。」
故郷のナイジェリアを離れ、わざわざガーナにやってきたバーバ。バーバがコーラハウスに足を運び、人びと を叱り付ける様子は、まるで大事な娘に悪い虫がつかないようにしている父親のようだ。ハウサ社会では、バ ーバくらいのおじいちゃんを「バーバ」と呼ぶのはごく普通のことだ。だけど、バーバを呼ぶときには「コ ーラナッツのお父さん」という意味が含まれているように感じる。

写真2 バーバ。第二婦人のハサナ、娘のサディアと記念撮影。

 

「バーバ、そんな風に怒っていたら、生まれてくる孫にも笑われちゃうわよ。」
娘のサディアは、横を通るバーバを見ることなく、食器を洗いながら話しかける。サディアは2ヵ月後にお母さ んになる。
「夜も眠らず、朝も眠らず、昼も眠らず、そうやってコーラハウスを見に行って、いったいいつ眠るの?あな たのコーラナッツはもうコーラハウスには無いのよ。」
バーバの第二婦人のハサナは呆れ顔だ。「困った人ね。」と言いながらクスクス笑う。
気がつけば、私もみんなと一緒になって「泥棒じゃないから大丈夫だよ、バーバ。」と笑いながら見守るよう になっていた。

「おまえたちは、何にもわかっていない!」
今朝もまた、バーバは杖を振り回し、大声で私たちを叱りつけながら、急ぎ足でコーラハウスに向かってい った。