密猟をとりしまります(エチオピア)

西崎 伸子

自然保護や野生動物保護に関心のある人にとって、国立公園で勤務するレンジャーは憧れの職業だ。この職業の発祥地はアメリカで、国立公園などの自然保護区を守るための調査や企画、自然解説などをおこなう花形職業である。日本のパークレンジャーは、正式名称を「国立公園管理官」といい、国家公務員試験1種に合格し、環境省の自然保護局で働くエリート公務員で、各国立公園に配置されている。「書類作成ばかりで自然を見る暇もない」と、レンジャーを夢見る若者を意気消沈させるようなコメントを聞くこともあるが、各国立公園の管理を担っている存在であることは間違いない。

アフリカでもレンジャーは「花形職業」だ。その呼び方は様々で、わたしが調査をしているエチオピアでは、各国立公園に派遣されている公園長をワーデンと呼び、日本と同様に大卒のエリート公務員が従事する。一方、スカウト(Scout)と呼ばれる人は、パトロール活動に専従する人々のことで、現場で採用されることが多い。全国の自然保護区に雇用されているスカウトの全員が男性で、密猟の取り締まりに従事する彼らの仕事はとにかくタフの一言につきる。調査をしているマゴ国立公園の場合、周辺地域はマラリア感染率が高く、眠り病の原因となるツェツェフライが生息するような非常に厳しい自然環境で、スカウトのなかには、病気に罹って命を落としたり、密猟の取り締まりをしていて、地元民と銃撃戦となって命を落とすこともある。エチオピアの公務員としては高給とりの部類にはいるが、リスクを考えると決して花形職業とは言い切れない面もある。

マゴ国立公園遠景

わたしが調査をするときに、いつも同行してくれるBさんはレンジャー歴10年で、マゴ国立公園のスカウト20数人の中では若手である。バンナと呼ばれる民族集団の出で、早くに父親を亡くし、近隣のアリと呼ばれる民族が暮らす村に一人やってきて、そこで今の奥さんと出会い結婚した。Bさんは、二人の子どもと奥さんを村に残して、1年の大半を公園で過ごす。常に病気への不安、治安面の心配、単身赴任の孤独を抱えている。

ところで、Bさんがスカウトとして公園当局からリクルートされたのは、すぐれたハンターだったからだ。この地域では、すぐれたハンターは社会的地位が高く、また、狩猟を通した社会関係がつくられたりしていて、政府が狩猟を全面的に取り締まるようになって以降も、地域住民の狩猟への関心は高い。スカウトの半数は近隣の村から雇用されており、それは、身内であれば密猟情報を多く持っているであろうという公園当局の戦略だった。優れたハンターであるBさんに白羽の矢があたったのは、当然のなりゆきだったといえる。

Bさんがいかにすぐれたハンターだったかは、彼と一緒に狩猟にいった多くのハンターたちから彼の狩猟にかける情熱と技術の高さを数々の武勇伝として語ってくれるため、容易に知ることができる。さらに、彼と一緒に公園を歩くと、どこに水場があるのか、どこにどのような野生動物がいるのかなど逐一教えてくれる。道中は、低木が生い茂るけもの道を、小刀ひとつでわずかに切り開きながら、物音を立てずにすっすっと歩く。ばたばた、どさどさと音をたてながら追いかけるわたしとは大違い。狩猟をしていた頃は、きっとこんな感じで、サバンナを歩いていたのだろう。後ろ姿にハンターの面影を見てしまうのは、わたしの身勝手な期待のせいなのかもしれない。

村人(手前)といっしょに公園をパトロールするスカウト(奥)

だから、彼が密猟を取り締まる側のスカウトに雇われた時、周囲の人々は驚き、焦ったに違いない。「身内を売るのか」と。確かに、Bさんは、密猟を取り締まる政府側の人間になってしまったといわれても仕方のない状況にある。けれども、彼の心中は複雑だ。表向きには「密猟はしてはいけない、密猟は悪いことだ」とスカウトとしての言葉を繰り返す。ただ、それを語るときの表情は決して明るくない。地域に生きるハンターとしての魂まで売り渡してしまったとは、わたしにはとても思えないのである。

Bさんは7年前にわたしに夢を語ってくれた。スカウトとして仕事に励み、お金を貯めたら町に家を建て、奥さんと子どもたちを村から呼びたい。そして、危険な仕事はやめてしまいたいと。Bさんは、3年前に近隣の町に土地を買い、家を建てた。ひとつ夢をかなえた彼の次なる夢は何なのだろう。彼は今もスカウトとして公園をパトロールしている。

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日本とアフリカに暮らす人びとが、それぞれの生き方や社会のあり方を見直すきっかけをつくるNPO法人「アフリック・アフリカ」です。