アリ人の結婚事情(エチオピア)

鈴木 郁乃

「あなた、夫はいるの?」、「あなたの夫は何の仕事をしているの?」。調査中に私に聞かれた質問は数多くあった中で、名前の次に頻繁に尋ねられたのはこうした結婚に関する質問でした。

私はエチオピア西南部に暮らすアリの人々の農村にお邪魔して、のべ 6ヶ月間の調査を行いました。村の人々とお喋りしていると、結婚に関する話題がよくでます。今回は、アリの人々に聞いた彼らの結婚について書いてみます。

私の滞在していた村の人々は農業を営んでいて、男女ともに日中の大半を畑仕事に費やします。子供たちは毎日の手伝いを通じて色々な仕事を覚えて成長します。手伝いの内容は、子守り、水汲み、農作業、定期市へのお使いなどです。 こうしたことが一通り出来るようになると少年は牛耕を父親や兄たちから習い、少女は家事全般ができるようになっていきます。少年は大体15歳ぐらいで父親から土地を分けてもらい、その土地に自分で家を建てます。 家の周りにはトウモロコシとヤマノイモ、そしてこの地域の主食の原料となるエンセーテというバナナに似た(でもバナナのような食べられる実はつかない)植物の苗を植えます。 数年後にエンセーテが人の背丈を超えるほどになると、女性にプロポーズをして結婚し、一緒に住み始めます。生長したエンセーテの茎を切り、竹でその茎をしごいていてワシと呼ばれるデンプンをとり、発酵させ、繊維を丁寧に取り除き、土器の皿で焼くと主食となるパンのような食べ物ができます。 アリの男性が植えたエンセーテが大きくなってから結婚するという背景には、エンセーテが十分に生長していないと、一家を養うだけのワシが取れないからという理由があります。

中央の白い塊が発酵したワシ。
刃物を使って丁寧に繊維を取り除いているところ。
この後、形を円盤型に整えてエンセーテの葉に包んで土器の皿で焼く。

 

農業と家畜飼養を営む調査地の人々が、結婚相手の条件としてあげていたのは、まず働き者であること。そして体が強く丈夫であること。これらは男女ともに結婚の条件としてあげていました。農村で生活していく上で、怠けるということは必要な収穫が得られないことに繋がるため、結婚以外の場においても軽蔑の対象になります。 その他の結婚相手への条件として、ある男性は「ワシ作りが上手な女性でないと嫌だなぁ。以前、ある女性に結婚を申し込んだんだけど、ワシ作りが嫌いだって言うんでこっちから断ったよ」とワシ作りを結婚の条件としていました。ワシ作りは根気と体力のいる仕事で、女性の仕事とされています。 一方、定期市で出会った女性は「良く働く男性がいいわ。それからお酒を飲んで暴力をふるう人はイヤ。結婚する時は私と私の両親や兄弟姉妹に新しい服を買ってくれないと結婚できないわ」と笑いながら話していました。結婚する時には男性が女性の家族に家畜や現金、衣料品などを渡す慣習があるため、男性は結婚前にこうした準備をしなければなりません。 そして、これらの品物を手に入れるためには良く働かなければならないのです。

調査地の人々は、仕事が無限にあるかのように本当に良く働きます。そして働かない人のもとへは結婚相手もやってこないのです。ワシ作りもできず、土の耕し方も知らない私がアリの村でお嫁さん候補と噂される日はまだ暫くは来なさそうです。

注)このエッセイは、「アフリカ便り」の前身である「アフリカ情報」のコーナーに、2003年〜2004年に掲載されたものを再録しました。