革靴工場の音(エチオピア)

松原 加奈

近年、エチオピアの首都アジスアベバでは、革靴工場の数が増加している。エチオピア政府は現在の主要産業である農業を核としつつ、製造業を中心とした工業化を進めている。その製造業のひとつとして、革靴を含めた皮革産業がある。アジスアベバ市内の革靴工場では、ビジネスシューズやローファー、革製のスニーカー、サンダル等を製造しており、各社の製品の種類は多種多様だ。私は2016年からそのような革靴を製造している工場に訪問し、調査をしている。

工場で調査をしていて驚いたことのひとつは、各工場によって耳に入ってくる音の違いだ。社員が黙々と作業をこなし、基本的に作業音だけ聞こえる工場もあれば、人びとの談笑が聞こえる工場、機械音のあいまに人びとの話し声が聞こえる工場もある。

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私が初めて調査を始めた小企業では、原則としておしゃべりは禁止されている。この企業が製造するサンダルはハンドメイドを売りにしており、どのサンダルもカラフルで革の組み合わせがひとつとして同じものはない。サンダルをつくる際は最低限の機械(ミシンや圧着機)を除いてほとんど手作業だ。よって、この工場で聞こえてくるのは、たまに聞こえる機械の音と吊り込みの際に金づちでたたく音、ラジオが工場に流れる音が大半を占める。時折、社員同士の話し声が聞こえるが、ベテランの社員が新入社員に仕事を教える声が聞こえる程度だ。


写真1 小企業の工場の様子

この小企業には裁断機がなく、表地の革や裏地の布・革はすべて型とカッターナイフを用いて手作業で裁断される。裁断は基本的にひとりの社員が担当している。


写真2 小企業における布地の裁断

裁断のあとは表地と裏地を接着剤で貼り合わせて縫製し、靴の上部にあたるアッパーを製造する。ただ、この企業の製品は他の企業よりも縫製箇所が少ないため、工場のなかでミシンの音が聞こえることはあまりない。

縫製が終わると、吊り込みという工程に移る。靴型にアッパーをかぶせ、靴を成型する。この企業では機械を一切使わないので、吊り込みも社員がすべて手作業でおこなう。


写真3 小企業での吊り込み作業

吊り込みを終えると、アッパーにソールを接着剤で貼り合わせ、圧着機を用いて圧着する。これを底づけという。この企業では底づけソールとして古タイヤを使用しており、靴の大きさに合わせて古タイヤを切り取っている。最後に靴型を取り、検品して梱包する。


写真4 小企業での底づけ工程の一部、圧着の作業

この小企業では10人ほど(2018年時点)が働いている。3人のキョウダイがこの小企業を起業し、末の妹のMが主に工場を取り仕切っている。私が調査を始めたころ、8時の始業時間に工場へ到着すると、もうすでに社員たちが黙々と作業を始めていた。しかし、2018年にMが子どもを産み、子育てと仕事を両立させるため、出勤時間が以前よりも遅くなると、状況は変化した。始業時間を過ぎても仕事を始めない人もいれば、仕事をしながらおしゃべりに花を咲かせている人もいるのだ。以前では考えられない状況に、私はひどく困惑した。その一方で、この小企業の社員がこんなに話す人びとだったとは、と意外に思った。

ただ、Mが出勤すると、以前のようにみんな黙々と作業を始めるところは相変わらずだ。ベテランの社員はひとつの作業が終わると誰に言われるでもなく別の作業を始める。新入社員はベテランの社員に別の仕事がないか聞いて、別の作業を始めたり、その都度新しい仕事を教えてもらったりする。この小企業に数年にわたって勤めつづけている女性社員Gに、私はよくついて回っているのだが、静かに迷いなく動くかれらの手を眺めているとあっという間に時間が過ぎてしまう。

あるときMは「Gは妹のような存在だ」と口にした。Gは靴製造の職業訓練学校で学んだことはなく、すべての仕事をMから習った。また、Gは村から身ひとつでアジスアベバに上京し、GのためにMが家を手配したという過去もある。現在、Gは工場内の作業以外にも、工場の施錠を任されたり、新入社員に仕事を教えたりもしている。そして、MはGに厳しい。

ある日、Gが新入社員に一作業のやり方を見せて教え、自分の作業に戻った。しばらくして新入社員の作業を終えたものをMがチェックしていたら、品質がよくないところがあったのだろう、その社員にどこがいけないポイントなのかを教え始めた。その後、MはGも呼び、ふたりにそれぞれ指導した。このようなわずか数分のやりとりが調査中にはときどき見受けられるのだが、時折Gは納得のいかない顔をして、少し乱雑になりながら自分の作業を再開する。この険悪な空気感はどうなるのやら…と私が危惧していると、終業間近にMが少し茶化しながらひとことふたことGに話しかけ、険悪な空気が緩む。小企業の工場では作業音と少しの話し声で1日が過ぎていく。

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一方、もうひとつの調査対象である大企業では約1000人(2018年時点)が働いていた。この工場では裁断部門、縫製部門、吊り込みと底づけ部門が別の場所に配置され、3つの部門によって聞こえる音が全く異なる。裁断は裁断機を用い、裁断された革や布を数えてまとめる人もいる。裁断部門では、ゴトンゴトンと各所で裁断機の音が響き、その音に交じって社員の話し声が聞こえる。縫製の箇所も細かくて多く、カタカタとミシンの稼働音が常に聞こえ、ベルトコンベアの同一線上に人びとが配置されている。吊り込みと底づけはいくつもの機械を用いている。圧着機の空気の抜ける音、ソールや靴裏を削る音、金づちで叩く音など、声を張り上げないと聞こえないほど機械音と作業音がうるさい。こちらも縫製と同じく作業ごとに社員が配置されている。


写真5 大企業の裁断部門


写真6 大企業の縫製部門


写真7 大企業の吊り込みと底づけ部門

ここでは靴を大量生産しているため、基本的に人びとの手が休まることはない。ベルトコンベアがある縫製部門と吊り込み、底づけ部門では、製品が流れてこないときも社員はその場で座るか立ちっぱなしで待ち、持ち場を離れることはない。複数人でかたまって作業する際におしゃべりをすることはたまにあるが、ずっと話し続けることはない。また、工場を管理する人びとは常に製造途中の靴にエラーが出るので怒っている。時折聞こえる怒鳴り声もこの企業の特徴だ。最初にこの大企業を訪問したときはなんて殺伐としたところだ…と思った。しかし、始業前や休憩時間になると雰囲気が変わる。

始業前に仲良くしている人びとのいる縫製工程へ行くと、数人が工場内の窓辺の日に当たる場所でスマホに入っている音楽を聴いている。別の人は頼母子講のお金を集金している。また、別の人は仲のいい社員同士で挨拶をして、おしゃべりをして過ごしている。就業中は怒鳴っている人びとも始業前や休憩時間はとてもやさしく、私に気さくに話しかけてくれる。始業のベルがなるとみんな自分の配置につき、作業を始める。工場内は個人が出す音から集団が出す音へと音を変える。

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2018年の調査の際に、今回紹介した小企業は隣の工場との壁を壊して増築し、工場の大きさが2倍になった。大企業は工場を移設し、社員の数も劇的に増加した。2社ともに工場の音が大きく変化した。また、両社ともに頻繁に工場内の機械の配置換えをしている。機械と個人と集団が立てる工場の音は今も少しずつ変化しているかもしれない。