バカとゴンゴとコシキダイカーのお話(カメルーン)

服部 志帆

言葉の説明から始めさせてください。まずバカについてですが、バカはカメルーンの熱帯雨林に暮らす狩猟採集民です。バカは歌と踊りの民として知られており、彼らが奏でる美しい歌声と人間離れした踊りはこれまでに多くの人々の心をとらえてきました。夜は歌と踊りに興じ、昼は狩猟や採集、漁労を行いながら森の恵みに寄り添うように生きていきます。森の動物や植物についての博学ぶりは驚くほどで、いっしょに森を歩けば、「これはゾウの道」、「あれはゴリラの糞」、「あの鳴き声は・・・」「この木は・・・」と少しはにかみながらそして自信に満ちた顔で教えてくれます。バカは動植物を食料や道具類、薬の材料として日々利用するだけでなく、動植物を題材にした民話を得意の歌をまじえて語ります。


民話を語る女性
 

次に「ゴンゴ」についてですが、これはアフリカの熱帯雨林に分布するクズウコン科の植物で、水にも熱にも強い大きな葉としなやかで長い茎を持ちます。バカはゴンゴを生活のさまざまな場面で利用します。たとえば、ドーム型の住居を葺くのに使ったり、森で採集したハチミツや木の実を包んで村まで持ち帰るのに使ったり、川で釣った魚を塩といっしょに包んで焚火で蒸し焼きにしたり、お皿やコップ、団扇や傘にしたりと、利用法をあげればきりがありません。


ゴンゴをたばねる女性
 

そして、コシキダイカーについてですが、これはアフリカの熱帯雨林に生息するカモシカの一種です。森林性のカモシカのなかでも大きいほうで、体重は45〜80キロほどあります。名前のとおり、背中から腰がクリーム色の毛皮で覆われています。バカの男性は、コシキダイカーを槍や罠を用いて狩猟します。狩猟されたコシキダイカーは、肉や内臓が食料にされ、皮が太鼓やポーチに、角が子供の成長を願うお守りの材料にされます。


コシキダイカー
 

では、バカの古老から教わった「バカとゴンゴとコシキダイカーのお話」を紹介しましょう。

ある日、バカたちは森へ野生のヤマノイモを採集に出かけました。森の中をしばらく歩いていると、バと呼ばれる野生のヤマノイモの蔓をみつけました。蔓を頼りに掘っていくと、ヤマノイモが姿を現しました。大きなヤマノイモです。なんと掘っても掘っても、先が出てこないのです。バカは交代で地中深く、どんどん掘りすすんでいきました。どのくらい経ったのでしょうか。辺りが薄暗くなり始めたころ、巨大なヤマノイモがその全貌を現しました。30キロはあるでしょうか。バカは大きな塊を穴から取り出し、土の上にドサッと置きました。ヤマノイモは、眺めれば眺めるほど、大きく見えます。ヤマノイモを取り囲むバカの口からは、大きな感嘆の声がもれました。その声は、夕闇間近な森に響き、森の神のもとまで届きました。

バカがヤマノイモを掘り出したとき、森の神はちょうどハチの羽音を聞き逃すまいと耳を澄ませながら森を歩いていたところでした。ハチの羽音はハチミツのサインであり、森の神はハチミツ採集の機会をうかがっていたのです。ハチミツ採集の邪魔をされた森の神はたいそう怒り、バカたちのところまでやってきました。「お前たちの騒ぎ声で、蜂の羽音が聞こえないじゃないか。」と叫び、周りを見渡しました。バカがヤマノイモを包んで持ち帰るために用意していたゴンゴの葉を見つけると、それを手に取り、バカたちのお尻に次々と差し込みました。すると,なんと不思議なことに、葉はコシキダイカーの尻尾に変わり,バカはみんなコシキダイカーに変わってしまいました。バカたちは、仲間がコシキダイカーに変身したことに大慌てです。しかし、まさか自分がコシキダイカーになっているとはつゆしらず、お互いにコシキダイカーだと言い合っています。

バカたちが慌てふためいていると、間もなく空から大粒の雨が降ってきました。嵐がきたのです。森には夜の闇が訪れようとしているうえ、嵐にも見舞わられ、さらに仲間はみなコシキダイカーになってしまいました(本当はそう思っている本人もコシキダイカーになっているのですが)。バカたちは泣きそうになりましたが、嵐がひどくなる前に家族の待つキャンプに帰らないといけません。バカたちは涙をこらえながら、「キャンプはどこだ?コシキダイカーはどこだ?キャンプが水浸しになっちゃうよ。(Bala aka e? Bemba aka e? A jo ngo.)」と叫びながら、寝床になるキャンプを探して森中を走り回りました。しかし、キャンプはなかなか見つかってくれません。雨はますますひどくなり、とうとう夜になってしまいました。叫び声は歌声になり、嵐の森をかけぬけました。嵐が過ぎ、木々の隙間から星が顔を出し始めた頃、バカの歌声はいつしか鳴き声へとかわっていました。ついに、バカはコシキダイカーとして森で生きることになったのです。

いかがでしたか?このように、バカの民話では人間が動物へ変身するお話がたくさんあります。想像の世界で、バカと動物、植物の境界はありません。バカは、人間や動物、植物がごちゃごちゃになって暮らしている森の世界を、想像力の翼で飛びまわりながら、森の民としての人生を紡いでいるのです。