アフリカ中央部・カメルーン共和国北部。ここには比較的湿潤としたサバンナがひろがる。サバンナといえば野生動物を連想するように、ここにも様々な動物が生息している。そして、そこに住む人々も野生動物と密接な関係をもち、民話のなかに彼らを登場させた。今回紹介する民話は、わたしがある農耕民の村で聞いたものである。
村から2kmほどの距離にベヌエ川という、ニジェール川の支流が流れている。そこにはたくさんのカバが住んでおり、川から「プシュー!」と水を鼻から吹き上げる音や、「ヴォー、ヴォッヴォッヴォ」と賑やかな鳴き声が聞こえる。かと思うと、人が近づくと、耳と目だけを水面上に出し、じーっとこちらをうかがう。カバはずっと川の中にいるのではなく、よく岸にあがってくる。特に夜間は草を食べるために陸を動き回り、村の畑にまで来てしまう。
ある時、村の男たちと川を歩いているときに、川岸に大きな「岩」がみえた。村人たちはその場に立ち止まり、「カバだ!近づくな!」と教えてくれた。しかし、(動物園以外では)間近でカバを見たことがないわたしは、それを疑い、その「岩」に小石を投げてみた。幸いわたしはノーコンだったので、小石は直撃はしなかったが、驚いた「岩」ならぬ、カバは一目散に逃げてしまった。しかし、その瞬間、一緒にいた村人も逃げてしまっていた。あわてて後を追いかけたわたしに村人は、カバの恐ろしさを語った。一見、のんびりしてそうなカバだが、大きな顎は人間を真っ二つにするほどの力を持つといい、走る力も相当なものらしい。岩場は得意ではないが、砂場では猛牛のように突進してくるという。
そんなカバも、人間の食糧になることもある。住民は銃や弓矢で狩猟するが、村には1つの民話がある。「アキト、カバはディヤマンを吐くんだ」、「ディヤマン?」。ダイヤモンドは、フランス語でdiamantと書き、このように発音する(カメルーンなまりが強いが・・・)。確かに、この地域では金だけでなくダイヤモンドも産出すると政府関係者から聞いたことがあったが・・・。「カバは銃で撃たれると、水の中に入るんだ。そしてじーっとして動かない。そして息絶えるときに、ダイヤモンドを吐くんだ。」「で、そのダイヤモンド見たことあるん?」「いや…。でも、むっかしから言われてる!みんな言ってる!」。確かに、ほかの村人に聞いても、カバはダイヤモンドを吐くと答えた。あの光沢のある皮膚からダイヤモンドを連想させたのか、比類なき大きな口の奥からなにか希少なものが飛び出すに違いないと考えたのか…。とにかく、村人たちにとってカバは、大切な隣人なのだろう。