真夜中の訪問者 アフリカの森のネズミくんへ(カメルーン)

服部 志帆

ピグミーの子供ディオナが描いた森の動物たち(左上がネズミ)

ヘッドライトに照らされて
土壁作りの私の小さな家を走り回るネズミくん
私に見つかっていることも気づかないで
右へ左へと大忙し

それは朝ごはんのバナナ
それはピグミー*さんにもらったパパイア
それは子供たちにあげる約束をしていた飴ちゃん
油断もすきもないなぁ

それは調査用の地図
それはテントのシート
それは手ぬぐい
さすがにそんなものは夕飯にならないでしょう

森でひっそりとたたずむ私の家に
毎夜のごとくやってくるネズミくん
夕食探しならいざしらず
とうとう彼女を連れてきた

森でひとり調査に励んでいる私の前で
二人で楽しむランデブー
真夜中は夢の世界
私の前でそんなに仲良くしないでよ
ピグミーさんに言いつけちゃうよ

(2003年1月14日カメルーン東部州マレア・アンシアン村にて)

*アフリカの熱帯雨林に暮らす狩猟採集民。歌と踊りをこよなく愛する人々で、その生活や文化は森に深く根ざしている。

アフリカの森の夜、ネズミが安穏の眠りを妨げる。寝袋にもぐりこんでランプを頼りに本を読んでいると、数分もしないうちに彼らは現れる。昼間は、村の裏に広がっている森に暮らしているのであるが、夜になると、いそいそと家にやってくるのだ。日本のハツカネズミより遥かに大きく、子猫ほどのサイズになるものもいる。大きさだけでなく、その存在感は日本のネズミとは比べようがない。食べ物を求めて部屋中を走り回り、ドタン、ガシャンと大きな音をたてる。彼らが歯を立てるのは、バナナやパパイアなど生の食料だけではない。飴は包み紙ごとガリガリ食べ、缶詰にまでかじりつく。さすがに缶詰は食べることができないが、旺盛な食欲はとどまることを知らない。

地図やテントのシートにとりかえしのつかない大きな穴をあけられたときは、さすがに私も殺意が芽生えた。しかし、いざ山刀を手に彼らと向き合えば、森で出会ったネズミの愛らしい様子を思い出して、急に気分が萎えてくる。ネズミだってお腹が減っているのだろう、少しくらいは大目に見てもいいのではないか、そんな気持ちになってくる。尊大な気持ちをふくらまし、大切な調査具や食べ物を鉄の箱に保管することを決めた。これで彼らもあきらめるだろう、とひとまず安心。しかし、そのような期待は早くもくずれさった。食べるものがなくなった彼らは、私の足の指にかじりついてきたのである。こうなっては、おちおち眠ってもいられない。

ネズミの罠作りをする少年

もはや狩猟の達人、ピグミーにお願いするしかない。私は、まず子供たちに頼んで、ネズミ用の罠を家のなかにかけてもらった。しかし、森では数々のネズミたちを捕らえてきた手作りの罠も、私の家では効果をなさなかった。罠は、草むらに隠れるように設置しないといけないのである。むき出した赤土の上にかけられたみえみえの罠にひっかかるようなまぬけなネズミなど、アフリカの森にいない。次に、青年に頼むことにした。ネズミたちが我が家に現れたとき、私が青年を呼び、ヘッドライトで居場所をつきとめ、青年が山刀もしくは槍で仕留めるという作戦である。しかし、これまた失敗。我が家は荷物が多すぎるため、ネズミたちの隠れる場所が山ほどあるのである。彼らは荷物に身を潜ませながら、青年の隙をねらって、森へ帰ってしまった。何度試しても結果は同じで、ネズミたちは青年が帰ったのを見計らい、我が家に戻ってくるのだった。

狩猟帰りの青年たち

眠れない日が続き、疲労がピークに達した頃、農耕民の友人がやってきた。私が毎夜のごとく繰り広げられるネズミたちの暴挙について話すと、彼はすぐさま子猫をプレゼントしてくれた。どんなエサをあげたらいいのかと尋ねると、昼間森へ狩りに出かけるから何もあげなくていいという。姿は日本の猫と変わらないが、ネズミたちに負けず劣らず、なんともたくましい猫である。まるで、小さな森の民のようだ。しかし、猫といえどもまだ小さく、我が家を訪れるネズミほどしかない。本当にネズミを撃退してくれるのだろうか。半信半疑のまま夜を迎えた。

結果は子猫の圧勝。この日、ネズミたちは我が家に一歩たりとも入ることができなかった。ネズミたちはどのように猫を感知したのかしれないが、なんともすさまじい本能である。足取り軽く我が家に入ってきたネズミたちに子猫が飛びかかる様子を想像しながら、ネズミたちを心待ちにしていた私は拍子抜けしたが、これほどまでに効果があるとは思わなかった。そしてこの夜以降、ネズミたちの訪問がまったく途絶えた。アフリカの森に暮らしていると、森の民や生き物のなかに息づくとてつもない生命力に圧倒されることばかりである。とくに眠れない夜は、アフリカのネズミと猫のなかにひそむ本能と野生のきらめきに目を見張る。

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日本とアフリカに暮らす人びとが、それぞれの生き方や社会のあり方を見直すきっかけをつくるNPO法人「アフリック・アフリカ」です。