唐辛子をきかせる(カメルーン)《E-ro:la/辛い/バクウェレ語》

大石 高典

カメルーン料理に唐辛子は欠かせない。カメルーンのレストランに入ると、食卓には必ずピマン[piment(フランス語)]という辛うまい生唐辛子の油漬けが載っている*。日本に来たカメルーン人は、私の知る限り、みな口を揃えて日本で食べる食事は美味しいけれども唐辛子が物足りないと言う。先日もカメルーンから初来日した研究仲間といっしょに鍋を食べに行ったら、具に七味唐辛子を山のようにかけて、それでも全然辛くないと言って食べていた。

私が通っているカメルーン東南部の熱帯林地域でも食事は辛いのがふつうである。私が語彙調査を行なったバクウェレの言葉**では、「辛い」というのをエ・ローラ[e-ro:la]と言い、唐辛子のことをドバ[doba]と言う。バクウェレの一日は、朝いちばんに飲むシュクシュク[shukushuku]とか「おれたちのコーヒー」(Cafe indigene)と呼ばれる飲み物から始まる。鍋一杯に作られるシュクシュクは、唐辛子と、これまた苦いナス科植物のンダカ[ndaka]と呼ばれる果実を煮出した苦辛〜いスープである。

シュクシュクの材料となる、バクウェレの村で見られるさまざまな唐辛子とンダカ(ナス科)

 

トウガラシは、料理に入れるときは摘みたてを生のまま木のまな板(ブワール[bwa:r, 複数e-bwa:r])のうえで丸い果実のボール(エウム[e-wum, 複数me-wum])ですり潰してから、ナッツ類など他の調味料とともに料理のソースに加える。

まな板のうえで、ナッツのペーストと一緒に磨り潰される唐辛子

日本では、辛いのが好きな人と苦手な人がいる。カメルーンにもきっと唐辛子がダメな人がいるのではないかと思うのだが、12年間通ってまだそのような人には出くわしたことがない。初めは辛い辛いと思いながら食べていた私も、森の生活に慣れてきたころには唐辛子なしではどんな料理も物足りないと思うようになってしまった。辛い森の料理は、食欲をいやがおうに高めてくれるし、食べているうちに身体がぽかぽかして血行がよくなってくる。ひりひりするほどに唐辛子をきかせた獣肉の煮込み料理や、塩と唐辛子だけのナマズのスープの味は日本に帰っても忘れがたい。

唐辛子をきかせたヘビのスープ

唐辛子は村のいたる所、いや人が生活の場とするほとんどあらゆる場所で見ることができる。人々が狩猟採集や焼畑、漁労活動を行なう森のなかも例外ではない。少しでも人が生活したキャンプでは、唐辛子がみられることがおおい***。私が参加したバクウェレの漁労キャンプ行でも、唐辛子が切れたというだけの理由でキャンプを移動したことがあった。村では丸型のぽっちゃりした唐辛子も栽培されているが、森のなかでよく見るのは、棒状の小型の唐辛子である。

バクウェレの男たちは、辛くない料理を食べてもあまり食べた気がしないと言う。調査地の村で、夜遅くに締め切りの過ぎた原稿を抱えてもんもんとしていたら、訪ねてきた友人に、ぽつりと、「お前の仕事はちゃんと辛い(唐辛子がきいている)か」と聞かれたことがある。アフリカでの調査から日本に帰るとたくさん仕事がたまっている。仕事が増えると、とかく安易に流れやすい。そんなとき、なぜかシュクシュクのあのやたら苦くて辛い味が思い出されるのである。

註:
* 下記のアフリクック・レシピを参照ください。
「ピマン」by 手崎(NKOMU) 雅代
** バクウェレ語は、言語学的にはバンツー語のひとつに分類されている。
*** バクウェレと同じ地域に住んでいる狩猟採集民のバカ・ピグミーには、トウガラシをタバコの代用として喫煙する者もいる(Oishi & Hayashi, 2014)。